ガバナンス崩壊の兆候は「離脱」に現れる

ガバナンスの良し悪しは、平時よりも「離脱」や「撤退」の瞬間にはっきり表れます。安定して見える組織でも、中核を担う人やチームが去るとき、構造の脆さが一気に露わになることがあるのです。

二つの「離脱」が語るガバナンスの本質

最近、対照的な二つの事例が報じられました。

一つは、分散型金融(DeFi)プロトコル「Aave」の主要なガバナンス組織「ACI」が、DAO(分散型自律組織)からの離脱を決めたというニュースです。開発チーム「BGDラボ」の撤退に続く動きでした。ガバナンスの中核を担う組織が、自ら「離れる」ことを選んだのです。

もう一つは、暗号資産(仮想通貨)関連の事業を手がける「メタプラネット」の株価が急落し、あわせてガバナンス体制が変更されたという報道です。こちらは、市場の「評価の離脱」ともいえる株価の急落と、それに伴う内部のガバナンス変更が、セットで起きています。

一見無関係な二つの事例ですが、どちらも「ガバナンスの安定性」という一点で、中小企業の経営者にとって重要な示唆を含んでいます。ガバナンスの健全性は、「誰かが離れようとするとき」「離れざるを得ないとき」にこそ試されるということです。

「自発的離脱」と「強制的離脱」を分けるもの

Aaveの事例は「自発的離脱」、メタプラネットの事例は、市場評価の低下による「結果としての離脱(ガバナンス変更)」と捉えられます。この違いは、どこから生まれるのでしょうか。

50社以上のDX推進・ガバナンス改革を支援してきた経験から言えるのは、健全なガバナンスが働いている組織では、中核メンバーの「自発的離脱」は、計画され管理されたプロセスとして起こりうるということです。反対に、ガバナンスに問題を抱える組織では、離脱は突然の「事故」や、外からの圧力による「強制的な変更」という形で現れがちです。

AaveのACIは、DAOというガバナンス構造のなかで、自らの役割と限界を見極めたうえで離脱を選びました。ある意味では、「ガバナンスが機能した結果」とも読めます。ルールに沿って、組織の一部が独立したり、役割を終えたりする選択ができたのです。

対照的に、メタプラネットの株価急落とそれに伴うガバナンス体制の変更は、市場という外からの圧力に「反応せざるを得なかった」結果と言えるでしょう。ガバナンスの欠陥が、外部のショックによって無理やり修正を迫られる構図です。

中小企業が見落としがちな「離脱リスク」

多くの中小企業では、「離脱」は好ましくない出来事として、計画から外されています。創業者やキーパーソンがずっと在籍する前提で、意思決定や情報が一点に集まっていく。これは大きなリスクです。

ガバナンスとは、事業目的を実現するための上位の設計です。その設計に「人は離れるものだ」という現実が織り込まれていなければ、離脱が起きた瞬間に事業そのものが立ち行かなくなりかねません。Aaveの事例は、DAOというガバナンス構造が「離脱の可能性」を最初から組み込んでいた点で、一つの設計モデルを示しています。

自社のガバナンスの健全度を診断する3つのチェックポイント

では、中小企業の経営者は、自社のガバナンスが「離脱」に耐えられるかどうかを、どう見極めればよいのでしょうか。実践的なチェックポイントを3つ挙げます。

1. 情報と意思決定の「所在マップ」はありますか?

特定の個人の頭のなかにしかない情報や、その人だけが持つ意思決定の権限はありませんか。「あの件は社長に聞かないとわからない」「この契約の経緯はAさんしか知らない」という状況では、その人が離れたとたん、事業の継続がひどく難しくなります。

取るべきアクション: 重要な意思決定と情報の「所在マップ」をつくりましょう。誰が何を決められ、どの情報を持っているのかを見える化します。権限委譲の見直しと、情報の文書化・共有の第一歩になります。

2. 「もしも」のときの役割の引き継ぎ方は決まっていますか?

キーパーソンが病気になったり、突然退職したりしたら、その役割は誰が、どう引き継ぎますか。多くの中小企業では、この手順が「その場しのぎ」で、はっきり決まっていません。

取るべきアクション: 経営陣や部門責任者など重要な役割について、短期の代理(1ヶ月以内)と中長期の後任(3〜6ヶ月)を想定した暫定プランを文書にします。後任の育成計画とセットで考えると効果的です。

3. ガバナンスの変更は「計画的」ですか?「反応的」ですか?

役員や重要な委員会のメンバーの入れ替え、意思決定ルールの見直しは、事業戦略に沿って計画的に行われていますか。それとも、トラブルや外からの圧力に「反応して」やむなく行われていますか。後者なら、メタプラネットのガバナンス体制変更に近い状態です。

取るべきアクション: 取締役会の構成、委員会の設置、決裁権限といったガバナンス構造の定期的な見直しを、年次計画に組み込みましょう。見直しのきっかけは、「事業フェーズの変化」「規模の拡大」「新たなリスクの顕在化」など、前向きな要因をもとに決めておきます。

ガバナンスを「離脱に強い設計」に変える考え方

ガバナンスを「違反しないための枠組み」と考えるかぎり、人の離脱はいつも脅威です。しかし、ガバナンスを「事業目的を実現するための動的な設計」と捉え直せば、離脱は設計上の一つの「イベント」にすぎません。

AaveのDAOのように、最初から参加と離脱を前提にしたガバナンス設計もあります。中小企業がそこまで振り切る必要はありません。それでも、「誰かが去っても事業は回り続ける」状態を、ガバナンス設計の目標の一つに据えることは極めて重要です。

そのためには、先ほどのチェックポイントを実行に移すとともに、次のような考え方の切り替えが欠かせません。

  • 個人への依存を「リスク」として認識する: キーマン依存は、短期的には効率的でも、中長期的には大きな事業継続リスクです。このリスクをどこまでなら「許容できる」のか、経営陣で議論しましょう。
  • 文書化と標準化を「負債」ではなく「資産」と考える: 手間がかかると思われがちな業務の標準化や意思決定の記録は、人が離れたときの貴重な「組織の記憶」となり、継続性を支える資産になります。
  • ガバナンスルール自体の変え方を決めておく: ガバナンスは不変ではありません。事業環境の変化に応じてルールそのものをどう変えるのか、その手順(誰が提案し、誰が承認するか)をあらかじめ定めておくことが、硬直化を防ぎます。

「離脱」を恐れず、計画に組み込む

金融機関のガバナンスが人事交代を経ても安定しているというニュースは、堅牢なガバナンスの理想形を示しています。とはいえ、多くの中小企業がいきなりそこまで完璧な制度を目指す必要はありません。

まず手をつけるべきは、自社のガバナンスが「人の離脱」という現実にどれだけ弱いかを、客観的に診断することです。Aaveの自発的離脱と、メタプラネットの強制的な変更。二つの事例は、ガバナンス設計のあり方が離脱の「質」を決めることを教えてくれます。

ガバナンスの目的は、事業を縛ることではなく、事業を持続可能にすることです。キーパーソンが抜けたら崩れてしまう事業のままでは、本当の持続可能性は語れません。今日から、あなたのガバナンス設計を「離脱に強い設計」へ、一歩アップデートしてみてはいかがでしょうか。