二つのニュースが示す「ガバナンスの時間軸」
先日、Snow Manのラウールさんが昭和の囲み取材の衝撃的な事実に驚いたというニュースが話題になりました。かつて明石家さんまさんが披露したという「コンプライアンスがない時代」の切り返し術。笑い話として消費される一方で、これは企業統治の観点から見ると極めて示唆に富む事例です。
なぜなら、同時期にITmediaが報じたMITの調査では、AIリスクの10%超が「壊滅的損害」をもたらす可能性があると警告されているからです。昭和の「ノリ」と令和の「AIリスク」――この二つは、ガバナンスという概念が「時代と環境に応じて変化しなければならない」という本質を浮き彫りにしています。
本記事では、この二つのニュースを接続し、中小企業経営者が自社のガバナンス設計にどう活かすべきかを考察します。
「コンプラがない時代」が教えるガバナンスの限界
ラウールさんが驚いた昭和の囲み取材。そこでは、今では考えられないような発言や掛け合いが日常的に行われていました。明石家さんまさんの「切り返し術」は、まさにその時代を象徴するスキルです。
しかし、これは単なる「昔はよかった/悪かった」の話ではありません。重要なのは、その時代のガバナンスは、その時代の環境に最適化されていたという点です。
昭和のメディア環境では、情報の拡散力は限定的で、企業とメディアの関係性も現在とは異なりました。コンプライアンス意識が低くても、事業が致命的なダメージを受けるリスクは相対的に低かったのです。
しかし、SNSが普及し、情報が瞬時に拡散する現代では、過去の発言が「火種」となり企業価値を大きく毀損するリスクがあります。ガバナンスは「守るべきルール」ではなく、「環境変化に応じてアップデートすべき設計図」なのです。
中小企業が陥る「過去の成功体験」の罠
中小企業経営者の中には、かつての成功体験や「昔はこれでうまくいった」という感覚に縛られている方が少なくありません。
例えば、口頭での契約やハンコ文化、属人的な営業プロセス。これらは昭和の時代には効率的だったかもしれません。しかし、令和の今、取引先のコンプライアンス意識が高まり、電子契約や内部統制が標準化される中で、これらは「ガバナンス上の脆弱性」に変わりつつあります。
経営者として問われるのは、「今の環境で、自社のガバナンスは最適か?」という問いです。
AIリスクの「壊滅的損害」が問いかけるもの
一方、MITの調査結果は、さらに深刻な課題を突きつけます。AIリスクの10%超が「壊滅的損害」をもたらすという数字は、「リスクは0か100か」ではなく、「1〜99の連続量」で評価すべきという当メディアの基本思想を裏付けています。
AIの誤った判断、データ漏洩、バイアスによる差別――これらのリスクは、発生確率が低くとも、一度発生すれば企業の存続を脅かす可能性があります。
しかし、多くの中小企業では「AIなんてまだ関係ない」「大企業の問題だ」と、リスクそのものを認識していないケースが散見されます。
「壊滅的」を想定した設計が必要な理由
昭和の「ノリ」とAIリスクに共通するのは、「想定外」をどう設計に織り込むかという点です。
昭和のメディア環境で、まさか自分の発言が世界中に拡散されるとは誰も想定していませんでした。同様に、AIを導入する中小企業も、まさかAIの誤った判断が訴訟や風評被害に繋がるとは想定していないかもしれません。
ガバナンスの本質は、「起こりうるすべてのシナリオ」を想定することではなく、「最悪のシナリオでも事業が継続できる設計」をしておくことです。
中小企業が今すぐ始めるべき「環境適応型ガバナンス」
では、具体的に中小企業は何をすべきか。二つのニュースから導き出せるアクションを整理します。
1. 過去の「常識」をリストアップし、検証する
まず、自社の慣習やルールの中で、「これは昔からのやり方だ」というものを洗い出してください。その上で、「今の環境で、このルールはリスクを高めていないか?」という視点で検証します。
例えば、「経営者の一存で決まる人事」「口頭での契約」「取引先との曖昧な接待」などは、現代では重大なガバナンスリスクになり得ます。
2. AI導入前に「リスクの地図」を描く
AIを導入する場合、そのメリットだけでなく、「誤作動したらどうなるか」「データが漏れたらどうなるか」「誰が責任を取るのか」を事前に文書化します。
MITの調査が示すように、低確率でも「壊滅的損害」のリスクは無視できません。導入前にリスクマップを作成し、対応策を決めておくことで、万一の際のダメージを最小化できます。
3. 「想定外」を想定したコミュニケーションルールを設ける
昭和の囲み取材のような場面は、現代のビジネスでも起こり得ます。例えば、SNSでの発信、顧客との雑談、業界団体の懇親会など。「何を言ってはいけないか」ではなく、「何を言うべきか/言わないべきか」を、環境変化に応じて定期的に見直すことが重要です。
4. 「リスクの連続評価」を経営の習慣にする
ガバナンスは一度作って終わりではありません。環境は常に変化します。四半期に一度、経営会議のアジェンダに「ガバナンスリスクの棚卸し」を組み込み、「前回と比べて、リスクの種類や大きさは変わったか?」を議論する習慣をつけましょう。
ガバナンスは「守り」ではなく「適応力」
昭和の笑いと令和のAIリスク。一見すると無関係な二つのニュースは、共通して「環境変化に適応できないガバナンスは、企業を壊す」という警鐘を鳴らしています。
中小企業の経営者に求められるのは、過去の成功体験や「うちは大丈夫」という楽観視ではなく、「今の環境で、自社のガバナンスは最適か?」と問い続ける姿勢です。
ガバナンスは、決して「違反しないためのルール」ではありません。それは、変化の激しい時代を生き抜くための「適応力の設計図」です。
まずは、自社の「昭和」と「令和」のギャップを見つめ直すことから始めてみてはいかがでしょうか。

