専門家依存が招くガバナンスの死角
2026-05-12
「3年間巡回ゼロ」「不要な調査に150万円」「宅配ボックスは故障放置」――。THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン)が報じた、マンション管理会社によるガバナンス不全の事例です。中小企業の経営者にとっても、他人事ではありません。
このマンションでは、管理会社にすべてを任せきりにした結果、点検や修繕がきちんと行われないまま、不要な調査に150万円もの費用が流れ、故障は放置されていました。管理会社は「専門家」であり、組合はその判断を信じるしかなかったのです。
この構図は、中小企業が経理や法務を税理士や顧問弁護士に丸投げしている状況と驚くほど似ています。「専門家に任せておけば大丈夫」という安心感が、かえって深刻なガバナンスの穴を生むのです。
「専門家任せ」が中小企業のガバナンスを蝕む理由
中小企業の経営者からよく聞くのが、「税理士に全部お任せしている」「顧問弁護士がチェックしているから大丈夫」という言葉です。しかし、専門家に任せることが、そのままガバナンスの強化につながるとは限りません。
専門家は「決定者」ではなく「翻訳・実装者」
当メディアの編集方針でも繰り返し述べているとおり、専門家は事業目的を実現するための「翻訳装置」であって、経営判断の「決定者」ではありません。税理士は税務上の適正な処理を提案しますが、それが事業全体にとって最適かどうかを決めるのは経営者です。
マンションの事例では、管理会社が「専門家として」不要な調査を提案し、組合がそれを承認してしまいました。中小企業でも、顧問税理士に「節税になります」と勧められたスキームをそのまま実行し、のちの税務調査で否認されるケースは少なくありません。
情報の非対称性が生む「任せきり」のリスク
専門家は、自分の領域について圧倒的な情報量を持っています。経営者が中身を十分に理解しないまま「専門家が言うなら」と判断を預けると、次のようなリスクが生まれます。
- 不要なサービスや調査の提案を断れない
- 自社に合わない手法を押し付けられる
- 問題が起きても「専門家の責任」として、経営者が自分の問題だと認識できない
マンションの事例では、「3年間巡回ゼロ」という異常事態が明るみに出るまで、組合は管理会社を疑うことすらありませんでした。専門家への過度な信頼がガバナンスの死角をつくった、典型的な例です。
経営者が専門家と適切な距離を保つ3つの方法
専門家を排除せよと言っているのではありません。うまく使えば、専門家は事業成長の強力な武器になります。大切なのは、専門家を「使う」ための設計を、経営者自身が行うことです。
1. 定期的な「説明会」を設ける
四半期に一度、顧問税理士や弁護士を招き、経営陣や管理部門に向けて「今期のリスクと対策」を説明してもらう場を設けましょう。その際、「なぜその提案が必要なのか」「ほかの選択肢はあるのか」を必ず尋ねる習慣をつけてください。
マンションの事例でも、管理会社に定期的な報告と説明を求める仕組みがあれば、不要な調査や放置された故障に早く気づけたはずです。
2. 「選択肢A/B/C」を必ず出してもらう
専門家に提案を頼むときは、必ず複数の選択肢を求めましょう。たとえば税理士に「節税対策を考えてください」と頼むのではなく、「A案:即時償却、B案:繰延資産、C案:何もしない」というように、メリットとデメリットを比べられる形で示してもらいます。
こうすれば、経営者は「1〜99のリスク水準」で判断できるようになり、専門家の提案を鵜呑みにするリスクは大きく減ります。
3. 第三者チェックの仕組みを入れる
専門家の提案や作業内容を、別の専門家や社内の別部署が確かめる仕組みをつくりましょう。コストがかかると感じるかもしれません。しかし、マンションの事例で生じた150万円の無駄を思えば、予防のための投資には十分な価値があります。
年に一度、別の税理士やコンサルタントに「いまのガバナンス体制」をレビューしてもらうだけでも効果があります。
専門家依存から抜け出す最初の一歩
経営者がまずすべきことは、自社が「誰に何を任せているのか」を見える化することです。次のチェックリストで、現状を確かめてみてください。
- 経理処理を税理士に完全に任せきりにしていないか
- 契約書のチェックを弁護士任せにし、内容を理解しないままになっていないか
- 専門家からの提案を、過去1年で一度も「断った」ことがないのではないか
- 専門家の作業内容を第三者が検証する仕組みが、ないのではないか
1つでも「はい」に当てはまるなら、専門家依存のリスクにさらされている可能性があります。
まとめ:専門家は道具、経営者が主役
マンション管理会社のガバナンス不全は、専門家にすべてを任せきることの危うさをはっきり示しています。中小企業の経営者にとって、税理士や弁護士は頼もしいパートナーです。けれども、彼らに「経営判断」を委ねてはいけません。
ガバナンスとは、事業目的を実現するために、ルールを全体最適の観点で配置・統合する「上位の経営設計概念」です。専門家はその実装を支える存在であって、設計そのものを肩代わりしてくれるわけではありません。
経営者自身がガバナンスの設計者になり、専門家を上手に「使う」。そのとき初めて、本当の意味での統治が実現します。今日から専門家との関係を見直し、自社のガバナンスを設計し直してみてはいかがでしょうか。