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ハラスメントと着服は同じ「内部統制の穴」から生まれる

リスク設計

別々の事件が示す、共通の「設計ミス」

今週、一見すると無関係に見える二つのニュースが報じられました。

一つは、エフエムラジオ新潟で社長のハラスメント行為が認定され、社長が辞任するというものです。会社側は「ガバナンス強化・再発防止等に向けた委員会などの設置を進める」と表明しています(FNNプライムオンライン)。

もう一つは、学校法人「開新学園」で職員による約2億4千万円の着服が発覚し、第三者委員会が「内部統制に不備」があったと指摘したという報道です(熊本日日新聞社)。

ハラスメントと巨額の資金横領。対象も業種も違います。しかし、ガバナンスの専門家として38社以上の実態を見てきた私は、これらの根底に全く同じ「設計上の欠陥」があると断言できます。それは、「リスクを0か100でしか考えていない」という姿勢です。

多くの経営者は、「ハラスメントはあってはならない」「横領は絶対に防がねばならない」と考えます。もちろんその思いは正しい。しかし、その「絶対」という思いが、かえって現実的な予防策を阻んでいるのです。今日は、この二つの事件を素材に、中小企業が「起こりうるリスク」を現実的に管理するための設計思考を解説します。

「絶対防止」が生む、最も危険な盲点

エフエム新潟の報道では、「委員会の設置を進める」とあります。開新学園では「内部統制に不備」と指摘されました。これらは典型的な「事後対応」の言葉です。

問題は、なぜ委員会が事前に機能せず、なぜ内部統制の不備が看過されたのか、という点です。その核心は、リスクを「0(発生しない)」か「100(重大な事件が発生)」の二極でしか捉えていない組織文化にあります。

ハラスメント防止のための研修を年に一度実施し、「当社ではハラスメントは許しません」と宣言する。資金管理では、経理担当者を信頼し、大きな権限を与える。これらは「リスクを0に近づけよう」とする行為です。

しかし、現実は1から99の連続したグラデーションです。重大なハラスメントや横領に至るまでには、必ず前段階の「小さな兆候」があります。例えば、パワハラであれば、以前から「あの部長の指示の出し方はきつい」という声が上がっていたかもしれません。横領であれば、経理処理のスピードが異常に早かったり、休みをほとんど取らなかったりする「不自然な効率性」が存在した可能性があります。

「絶対に起こしてはならない」と強く思いすぎる組織は、この「1から99」の領域にある小さな歪みや違和感を、報告しづらい空気を作り出します。「そんなこと言ったら、まるで会社を疑っているみたいだ」「研修もやっているのに、まだ問題があると言うのか」。こうした空気が、リスクの「見える化」を阻む最大の壁なのです。

LIXILの事例に学ぶ「仕組み化」の本質

ここで、全く別の角度からのニュースを参照しましょう。LIXILの調達DX事例です(rbbtoday.com)。この記事では、見積もり管理の仕組み化により、バイヤーの業務負荷を削減し「コンプライアンスを強化」したと報じています。

この「コンプライアンス強化」という表現は、非常に示唆的です。LIXILはおそらく、「コンプライアンスを守れ!」と声高に叫んだのではなく、業務のプロセスそのものに、自然とルールが守られるような仕組みを埋め込んだのでしょう。

例えば、見積もり取得の電子化・一元管理は、単なる効率化ではありません。「どのベンダーからいくらの見積もりを取ったか」という判断のプロセスを自動的に記録・可視化します。これにより、バイヤー個人の裁量や負担が減り、かつ不適切な調達がシステム的に発見されやすくなります。

これがまさに、ガバナンスを「上位の経営設計」として捉えた実践です。目的は「調達業務の効率化と質の向上」であり、その実現手段として、法務的・会計的に健全なプロセス(コンプライアンス)を設計に組み込んでいるのです。

中小企業が今日から始める「1〜99のリスク設計」3ステップ

では、資源の限られる中小企業は、ハラスメントや不正といった人的リスクに、どう向き合えばよいのでしょうか。大企業のような大規模な委員会や分厚るマニュアルは必要ありません。以下の3ステップで、自社の「リスクの見える化」を始めてください。

ステップ1: 「絶対防止」を捨て、「早期発見」に目標を切り替える

まず、経営者自身のマインドセットを変えます。「我が社からハラスメントや不正を完全に無くす」という非現実的な目標は捨てましょう。代わりに、「もし兆候があれば、いち早く気づき、小さなうちに対処できる仕組みを作る」ことを目標に設定します。

これは、リスクを0から1(発生)にさせないという消極的な姿勢ではなく、1から2、2から3へとエスカレートする前に食い止める、積極的な管理姿勢です。目標の転換が、組織の空気を「隠蔽」から「報告」へと変える第一歩です。

ステップ2: 「違和感」を報告できる最小限のチャネルを設ける

社内アンケートやホットラインといった大げさなものは、かえって使われません。まずは、直属の上司以外に気軽に話せる「もう一人の大人」を役員または社外の顧問に固定します。

例えば、「人事・労務に関して相談があればA取締役へ」「経理・資金に関して疑問があればB監査役(非常勤)へ」と明確にし、経営陣が定期的に(四半期に一度など)そのチャネルを通じた報告の有無を確認するルーチンを作ります。重要なのは、そのチャネルを使ったことによる不利益が絶対にないことを、行動で示すことです。

ステップ3: 業務プロセスに「自動記録」の仕組みを埋め込む

LIXILの事例のように、ITツールに頼らなくてもできることはあります。例えば、経理処理では「領収書の電子化とクラウド保存」を徹底するだけで、原本の改ざんリスクが下がり、複数人での確認が容易になります。営業の接待では、申請フォームに「今回の接待の事業上の目的」を必ず記入させる欄を設けるだけで、目的のない不適切な接待が抑制されます。

これらの仕組みは、従業員を監視するためではなく、「判断の理由を可視化し、後から振り返れるようにする」ための装置です。これにより、判断が個人の暗黙知に依存せず、組織の知恵として蓄積されていきます。

AI時代のガバナンス:「Claude」が問いかける人間の責任

もう一つのニュース、Anthropicの「Claude」を活用したガバナンス対応型AI開発の記事(朝日新聞)は、未来のリスク設計を考えさせます。AIが開発プロセスに組み込まれ、ガバナンス要件を自動チェックする時代です。

しかし、ここで忘れてはならないのは、AIは所詮ツールであり、リスクを「設計」するのは依然として人間だということです。AIに「倫理的に問題のあるコードを書かないでください」と指示するのは簡単です。しかし、その「倫理的」の定義や、許容されるグレーゾーンの範囲を決めるのは人間の経営判断です。

AIの活用は、人間がこれまで以上に「我々は何を許容し、何を許容しないのか」という原則(=ガバナンス方針)を明確に言語化することを要求します。これは、ハラスメント防止方針を形骸化させず、血肉化させる作業と本質的に同じです。

経営者の「After」: 予防的設計がもたらす安心と敏捷性

今回取り上げた二つの事件は、いずれも発覚後に大きな代償を払いました。社長の辞任、巨額の損害、社会的信用の失墜。事後対応に追われる経営者の姿は、まさに「Before」の状態です。

「1〜99のリスク設計」を実践した後の経営者(「After」)はどうなるでしょうか。リスクが0ではないことを認め、だからこそ、その兆候をいち早くキャッチするアンテナと仕組みを張り巡らせています。小さな違和感が報告され、それが重大な事件に発展する前に、プロセスや教育を微調整できる「組織の学習能力」が身についています。

結果として、「あの件は大丈夫か?」という漠然とした心配から解放され、本来の事業の成長と革新に集中できる時間と心理的余裕が生まれます。ガバナンスとは、事業を縛る鎖ではなく、経営者が安心して飛躍するための安全網であり、発射台なのです。

まずは、自社で一番気がかりな人的リスクは何か、それを「早期発見」するための最小限のチャネルは何か、今この記事を読み終えた瞬間から、考え始めてみてください。

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