ITと経営 / 情シスと体制

情シスが事業を理解できない理由

「情シスは事業を分かっていない」「現場の感覚がない」。事業部門から情報システム部門(情シス)へ向けられるこうした不満は、情シス側の「話を共有してもらえない」「決まった後で相談される」という声と、いつもすれ違います。

この対立は個人の能力の問題として片づけられがちです。しかし、本当の原因は組織の構造にあります。

この記事では、経営判断と組織設計の因果関係から、情シスがなぜ構造的に事業を理解できない立場に置かれてきたのかを整理します。

理解するための前提条件が、与えられていない

最初に確認すべき事実があります。多くの企業で、情シスは事業を理解するための情報も権限も、最初から与えられていません。事業戦略を決める場には呼ばれず、新規事業の検討段階にも関わらず、投資判断の背景も共有されない。それが実情です。

そのうえで情シスに求められるのは、「決まったことを、止めずに、安く、安全に実装する」ことです。情シスは「なぜそれをやるのか」を問う主体ではなく、「どう実装するか」を処理する部門として設計されているのです。

事業の情報は「要らないもの」として遮断された

なぜ、こんな設計になったのか。理由は単純です。ITが管理や運用の道具と見なされていた時代、経営は情シスに事業の理解を期待していませんでした。

当時、情シスに必要とされた情報は「要件」「期限」「予算」「セキュリティ条件」くらいのものでした。事業の狙いも、市場環境も、競争戦略も、情シスには要らない情報として扱われてきたのです。その結果、情シスは事業の文脈に触れず、事業部門はITを「実装屋」と見る関係が固まっていきました。

「理解していない」のではなく「理解できない構造」

ここで大事なのは、情シスが事業に関心がないから、勉強していないから、能力が低いから理解できないのではない、ということです。

問題は、情シスが構造的に事業計画に触れられず、意思決定のプロセスから外され、結果だけを受け取る立場に置かれてきたことにあります。その状態で「事業を理解しろ」と求めるのは、設計上成り立たない要求です。

情報の遮断は、当時は合理的な判断だった

ただし、この情報の遮断が最初から誤りだったわけではありません。ITが業務効率化の手段や管理のインフラにすぎなかった時代には、「事業戦略は事業部門が考え、ITはそれを支える」という分業は合理的でした。

問題はその後です。ITは事業の構造そのものを決め、競争優位の源泉となり、意思決定の速度を左右する存在へと変わりました。それにもかかわらず、情報共有のあり方と役割の定義が更新されなかったのです。

事業を理解しないITは、必ず摩擦を生む

事業の理解を前提にしないIT組織は、必然的に次のような摩擦を生みます。

  • 要件通りに作ったシステムが使われない
  • 事業部門のスピードに合わないと批判される
  • 柔軟性がないと不満を持たれる

けれども、これは情シスの失敗というより、「理解しなくてよい」という前提で設計した組織に、理解を求めた結果なのです。

まとめ:前提条件を設計し直すのは経営の仕事

情シスが事業を理解できないのは、人材や意識の問題ではありません。事業の理解を前提としない役割を与えてきた、経営判断の結果です。

情シスに本当の意味での事業理解とIT戦略への貢献を求めるなら、経営が自ら前提条件を設計し直す必要があります。情報を共有し、意思決定のプロセスに加え、投資判断の文脈を渡すことです。この組織変革、すなわちDXの本質の一つに取り組まないかぎり、情シスと事業部門の断絶は構造的に繰り返され続けるでしょう。