ITと経営 / ITを定義する

日本企業におけるIT意思決定の空白地帯

ITに関する会議も、投資も、プロジェクトも、いつもどこかで動いている。それなのに、「最終的に誰が決めているのか」を誰もはっきり説明できない。多くの日本企業で、この状態が長年にわたって当たり前になっています。

この記事では、日本企業に特有のIT意思決定の空白地帯がどう生まれ、何をもたらしてきたのかを、人や能力の問題ではなく「意思決定構造」の問題として整理します。

決めているようで、誰も決めていない

ITに関する意思決定は、一見すると多くの場で行われているように見えます。稟議は回り、役員会では報告がなされ、現場では日々判断が下されている。しかし実態をよく見ると、最終判断者が不在であるケースが少なくありません。

「なぜこのITに投資するのか」「何をもって成功とみなすのか」「失敗したら、何をもって撤退とするのか」。こうした問いにはっきり答えられる主体がいないまま、ITプロジェクトは進んでいくのです。

「現場判断」と「経営判断」のすれ違い

日本企業では、ITに関する判断が分断されがちです。現場は業務を止めないための現実解を選び、管理部門はルールと統制を優先し、経営陣は大枠を承認するものの細部には踏み込まない。

それぞれは合理的に振る舞っています。けれども、全体としての最適解は誰も決めていません。その結果、現場最適の積み重ね、事後承認の連続、判断の理由が残らない意思決定が、層をなして積み上がっていきます。

稟議と委員会が生む「無主語の決定」

日本企業では、稟議や委員会がIT判断の中心に置かれることがよくあります。本来、これらは意思決定を支えるための仕組みのはずです。

ところが実際には、「誰も反対しないこと」「前例から大きく外れないこと」「責任を分散できること」が優先され、決断そのものが薄まっていきます。決定はされているのに、それが「誰の判断か」はあいまいなまま。こうして「無主語の決定」が生まれるのです。

ITだけが例外扱いされてきた

事業撤退、投資判断、組織再編といった多くの経営判断には、はっきりした最終責任者がいます。ところがITだけは、「専門性が高い」「技術的に難しい」「将来が不確実」という理由で、責任の主体があいまいなままでよい例外的な領域として扱われてきました。

その結果、ITは「決めなくても進んでしまう領域」として、意思決定構造の外側に置かれることになりました。

空白地帯に現れる典型的な症状

IT意思決定の空白地帯では、次のような現象が繰り返し起きます。

  • 判断が遅れ、現場対応で凌ぐ
  • 投資の是非が事後的にしか語られない
  • 成功も失敗も再現できない
  • 問題が起きるたびに体制を作り直す

これらは個々のプロジェクトの巧拙ではなく、判断の主体が存在しない構造がもたらす必然の結果です。

なぜ空白は埋まらなかったのか

IT意思決定の空白は、「誰かがサボった」から生まれたものではありません。経営がITを主語にしなかったこと。専門性を理由に踏み込まなかったこと。委任と放置の境界があいまいだったこと。これらが積み重なって、誰も入り込めない空白地帯ができあがってしまったのです。

空白を埋めるのは、新しい役職ではなく経営の再定義

この空白地帯を埋めるのに必要なのは、新しい役職や委員会ではありません。まず、ITを「決めるべき経営の対象」として定義し直し、どの判断を経営が引き取るのかをはっきりさせることです。

次稿では、ITが経営会議に出てこなくなった理由を掘り下げ、この空白がどのように固定化されてきたのかを検討します。