学生DXとSaaS連携が示す「IT人材」の再定義

先日、二つの興味深いニュースが報じられました。一つは、富山県が学生の力を借りて県庁のDXを進める取り組みです。選挙事務や書類整理といった業務に学生が加わり、デジタル化を進めています。もう一つは、不動産業務に特化したSaaS「カナリークラウド」と、AIコミュニケーション統合プラットフォーム「カイクラ」の連携開始です。異なるSaaS同士をつなぎ、不動産業務をさらに効率化しようというものです。

一見、無関係な二つのニュースです。しかし経営者やCTOの視点で見ると、同じ核心的な課題に、異なる角度から挑んでいることがわかります。「組織の中に適切なITリソースがない業務」を、どう埋め、どう価値に変えるかという課題です。学生の活用は「人的リソース」の外部調達、SaaS連携は「機能的リソース」の外部接続。どちらも、自前主義を超えた、ITリソースの新しい調達と組み立て方を探る動きなのです。

「属人化」でも「丸投げ」でもない第三の道

多くの企業、とくに中小企業や地方自治体では、IT関連業務が典型的な「空白地帯」になりがちです。経営陣は戦略を考え、情シス部門(あれば)は基幹システムの安定運用に力を注ぐ。そのあいだで、各部門が個別に入れたSaaSの運用、データの連携、デジタル化しきれていない定型業務の処理などが宙に浮く。これが、編集方針で指摘した「ITの目的関数の分裂」が現場に生む実態です。

この空白を埋める方法は、これまで主に二つでした。一つは、現場の熱意ある担当者に「属人的」に任せ、業務の存続をその人の余力と在籍期間に委ねる方法。もう一つは、外部ベンダーに「丸投げ」し、コストが膨らみ、経営から遠ざかっていく方法です。富山県の学生DXや、SaaS同士のオープンな連携は、この二者択一ではない「第三の道」の可能性を示しています。

学生という外部の人的リソースは、固定的な雇用コストを伴わずに、新しい視点とデジタルネイティブなスキルをもたらします。SaaS同士のAPI連携は、大規模な自社開発やベンダーへの高額なカスタマイズ発注をしなくても、複数のベンダーが提供する最適な機能を「組み合わせて」自社の業務フローを組み立てる道を開きます。根底にあるのは、所有(Own)から、利用(Use)と連携(Connect)へと重心を移す発想の転換です。

学生の力が照らす「事業IT」と「管理IT」の谷間

富山県の事例で学生が担う「選挙事務」や「書類整理」は、きわめて重要な業務です。それでも、県の核心的な「事業IT」(成長に直結するIT)と位置づけられることはまずありません。かといって、基幹システムのような「管理IT」(安定運用のIT)でもない。どのIT分類にもすっぽり収まらず、その結果デジタル化が後回しにされ、人手に頼り続けている業務の典型です。

学生を投入する意義は、「安い労働力」にとどまりません。組織のしがらみや前例を知らない彼らは、「なぜこの作業が必要なのか」「この書類は本当に要るのか」という本質的な問いを投げかけ、業務そのものを見直すきっかけ(BPR:業務プロセス再設計)を作りえます。外部ベンダーが「言われたとおりにシステム化する」場合には生まれにくい効果です。経営者にとっての示唆は、IT人材不足を嘆く前に、社内に埋もれている「デジタル化待ちの業務」を特定し、それを外部の新鮮な人的リソースに「解かせる」ことで、業務そのものの最適化も同時に進めるという戦略が有効だということです。

SaaS連携が開く「経営IT」の民主化

一方、カナリークラウドとカイクラの連携のような動きは、別の次元で空白地帯を埋めます。不動産管理と顧客コミュニケーションは、本来ひと続きの業務フローです。ところが、それぞれに特化したSaaSを別々に入れると、データはサイロ化し、担当者は複数の画面を行き来することになります。「SaaSが増えるほど全体が見えなくなる」問題です。

これまでの解決策は、すべての機能をそろえた高額な統合型パッケージを入れるか、自社で開発するかでした。しかし、SaaS同士がAPIでオープンにつながる生態系が成熟すれば、経営者は「最適な部品(SaaS)を選んで組み合わせ、自社に最適な業務エンジンを組み立てる」という、これまで大企業にしか許されなかった選択肢を手にできます。カナリークラウド(不動産管理)とカイクラ(AIコミュニケーション)という「部品」をつなげば、問い合わせから契約管理までをシームレスに結ぶ、一段高い「経営IT」(意思決定と再現性のためのIT)が、中小規模の不動産事業者にも実現できるのです。

経営者が問うべきは「所有」か「接続」か

これらの事例から、いまの経営者がITリソースを考えるうえでの根本的な問いが浮かび上がります。「自社に足りないIT能力を『所有』すべきか、それとも『接続』すべきか」という問いです。

すべてのIT能力を正社員として「所有」するのは、コスト、採用難、スキルが古くなるリスクを考えれば、多くの企業にとってもはや現実的ではありません。では、すべてをベンダーに「丸投げ」する(所有権はベンダーにあり、接続も閉じている)のか。それでは依存体質が生まれ、経営の機敏さが損なわれます。

学生DXやSaaS連携が示す新しいモデルは、「接続による仮想所有」といえるかもしれません。学生とは、プロジェクト単位でその時間とスキルに「接続」する。各SaaSとは、APIを通じてその特定の優れた機能に「接続」する。経営者の役割は、こうした外部リソースを戦略的に「接続」し、自社の価値創造の流れの中に位置づけるアーキテクトになることです。

空白地帯を特定し、リソース・マップを作る

では、経営者やCTOは何から始めればよいのでしょうか。まずは、自組織の「IT業務の空白地帯」を見える化することです。次の観点で業務を洗い出してみてください。

  • デジタル化されていない定型業務:Excelや紙で管理し、手作業で集計・転記している業務はないか。(学生や業務委託先に「解かせる」候補)
  • サイロ化したSaaS業務:部門ごとに便利だからと入れたものの、ほかの部門のシステムとデータがつながらず、二重入力が起きている業務はないか。(SaaS連携による自動化の候補)
  • 属人的なデータ分析・レポーティング:特定の担当者しか作り方を知らない経営報告書はないか。(BIツールとデータ連携、または外部リソースによる標準化の候補)

次に、これらの空白を埋めるための「外部リソース・マップ」を作ります。人的リソースなら、地元の大学、専門学校、副業プラットフォーム、業務請負会社など。機能的リソースなら、自社が使っている各SaaSの公開API、連携できるほかのSaaS(ZapierやMakeなどの連携ツール経由も含む)、クラウドサービスなどです。このマップをもとに、「どの空白を、どのリソースとつないで埋めるか」という戦略的なポートフォリオを考え始めることができます。

「IT人材」から「ITリソース構成力」へ

「IT人材が足りない」という嘆きの多くは、「すべてのIT能力を正社員として所有したい」という古い枠組みに縛られた発想から来ています。富山県の学生DXと、進化するSaaS連携の生態系は、その枠組みを超えるべきだという明確なサインを送っています。

これからの経営に求められるのは、優秀なエンジニアを囲い込むことではありません。外部にある多様な人的・機能的リソースを見つけ、評価し、戦略的に自社の業務フローへつないで組み立てていく力です。学生やフリーランスといった人的リソースと、APIでつながる無数のSaaSという機能的リソースを、経営の目的に沿って編成する。いわば「指揮者」の役割です。

この「ITリソース構成力」こそが、ITの目的関数の分裂を防ぎ、事業IT・経営IT・管理ITを有機的につなぎ、経営の再現性と機敏さを同時に実現するために、いまの経営者・CTOに欠かせない新しい資質です。その第一歩は、自組織の「空白地帯」を見つめ、それを埋める「接続」の可能性を探ることから始まります。