戻れる再編、暗礁に学ぶ可逆設計

先日、韓国の経済紙が報じたニュースが目に留まりました。石油化学事業の再編が、中東戦争という予期せぬ地政学リスクによって停滞しているというものです。企業間の意見がまとまらないまま、原材料費の高騰が業績を圧迫しているといいます。

このニュースだけを見れば、「外部環境の変化が計画を狂わせた」で片づけられるかもしれません。しかし、経営判断の可逆性という視点で見ると、もっと深い教訓が隠れています。そもそも再編計画そのものが「戻れない構造」だったのではないか、という問いです。

一方、同じ時期に報じられたベトナム祖国戦線中央委員会の組織構造改革は、その対極にあるように見えます。大規模な組織改編でありながら、進め方に可逆性を感じさせる要素があるのです。

今回は、この二つのニュースを素材に、経営判断における「戻れる再編」の設計を考えてみます。

再編はなぜ暗礁に乗り上げるのか

石油化学事業の再編が暗礁に乗り上げた原因は、中東戦争という外部要因だけではありません。再編計画そのものが、「完了」を前提に設計されていた可能性が高いのです。

戻れない計画の三つの特徴

これまで多くの事業再編を見てきた経験から言えば、戻れない再編計画には共通する三つの特徴があります。

第一に、統合後のシナジー効果ばかりが強調され、分離のコストが軽く見られていること。第二に、関係者間の合意形成が「決断」で終わり、実行段階での意見の対立を想定していないこと。第三に、外部環境の変化を「織り込み済み」としながら、実際には特定のシナリオしか想定していないことです。

今回の石油化学再編では、企業間の意見の隔たりが埋まらないという報道から、第二の特徴がはっきり表れています。再編の大枠には合意したものの、具体的な条件やスケジュールで折り合えず、膠着状態に陥っているのです。

この膠着が長引けば、原材料費の高騰という第三のリスクが表面化し、状況はさらに悪化します。まさに「戻るに戻れず、進むにも進めない」状態です。

ベトナム祖国戦線に学ぶ「戻れる組織改革」

では、どうすれば戻れる再編を設計できるのでしょうか。ここで注目したいのが、ベトナム祖国戦線中央委員会の組織構造改革です。

段階的な移行と評価期間

報道によれば、この改革は「大幅な」ものとされています。しかし重要なのは、その進め方です。組織構造を一度に固めるのではなく、段階的に移行するプロセスが組み込まれているように見受けられます。

新しい組織体制のもとで一定期間運用し、その結果を評価したうえで、必要に応じて修正を加える。これはまさに、「戻れる経営」の基本である評価期間の設定と観測ポイントの明確化を実践していると言えます。

経営者が組織改革を行うときは、「早く新しい体制に移りたい」という焦りから、一度に大きく変えようとしがちです。その結果、現場が混乱し、期待した効果も得られないまま、元の状態に戻すこともできなくなる。そんなケースを何度も見てきました。

ベトナム祖国戦線の事例は、大規模な改革であっても、プロセスに可逆性を組み込めばリスクを最小限に抑えられることを示しています。

可逆性を担保する三つの設計ポイント

石油化学再編とベトナム祖国戦線の二つの事例から導ける、「戻れる再編」を設計するための三つのポイントを整理します。

撤退条件を先に決める

再編を始める前に、「どんな状況になったら計画を中止するか」という撤退条件をはっきりさせておくことです。これは「戻れる経営」の最も基本的な考え方の一つです。

石油化学再編のケースなら、「企業間の意見が◯ヶ月以内にまとまらなければ、計画をいったん白紙に戻す」といった条件を事前に合意しておくべきだったでしょう。撤退条件があれば、膠着が長引くリスクを避けられます。

評価期間を設ける

新しい組織体制や事業構造に移ったあと、その効果を検証するための評価期間を設けることです。この期間中は、元の状態に戻すための手順を維持しておくことが重要です。

ベトナム祖国戦線の事例では、この評価期間が暗黙のうちに設定されているように見えます。経営者の皆さんも、新しい組織を導入したら、少なくとも三ヶ月から六ヶ月は「仮運用期間」と位置づけ、定期的に効果を検証する場を設けることをおすすめします。

「戻し方」をあらかじめ設計する

最も軽視されがちなのが、このポイントです。再編がうまくいかなかったとき、どうやって元の状態に戻すのか。その手順を事前に設計しておくことです。

具体的には、統合した部門を再び分けるための法的・財務的な手続き、システム統合を解くためのデータ移行計画、人員配置を元に戻すための人事ルールなどを、あらかじめ文書にしておきます。そうすれば、いざというときに迷わず動けます。

「戻れる」ことは弱さではない

経営者の中には、撤退条件を先に決めることや戻し方を設計することを、失敗を前提にした弱気な姿勢と受け取る方もいます。しかし、それは大きな誤解です。

むしろ、戻れることを設計に組み込むからこそ、大胆な再編に踏み切れるのです。最悪の事態を想定し、そのときの対処法を準備しておけば、心理的な安心感が生まれ、判断のスピードが上がります。

私がコロナ禍で経験した事業転換も、まさにこの考え方に基づいていました。新規事業を始める際に、「撤退する場合の条件」と「元の事業に戻す手順」を同時に決めておいたことで、素早い意思決定ができたのです。

石油化学再編の暗礁は、戻れない計画の危うさを改めて教えてくれます。そしてベトナム祖国戦線の改革は、戻れる組織を設計するためのヒントを与えてくれます。

経営判断で最も重要なのは、決断そのものの正しさではありません。その決断が間違っていたときに、どれだけ早く、低いコストで元の状態に戻せるかです。ぜひ、皆さんの組織にも「戻れる再編」の設計を取り入れてみてください。