分社化の前に「戻れる実験」を設計する

MicrosoftがXbox事業の再編を検討していると報じられました。分社化や合弁会社の設立も選択肢に入っているといいます。

グローバル企業の動きですが、中小企業の経営者にとっても他人事ではありません。むしろ規模が小さいからこそ、この判断の本質を理解しておく必要があります。

中小企業ほど、一度動かした判断を戻すコストが高くつくからです。大企業には「試しにやってみて、駄目ならやめる」という余裕がありますが、中小企業にはその余裕がありません。

では、どうすればよいのか。答えは、最初から戻れる形で始めることです。

分社化という「戻れない判断」の怖さ

Xbox事業の再編案には、分社化や合弁会社の設立が含まれています。どちらも、一度実行すると元に戻すのに大きなコストがかかる判断です。

分社化を例に考えてみましょう。子会社を設立すると、次のような「戻れない要素」が生まれます。

  • 新しい法人登記や許認可の取得
  • 従業員の転籍や給与体系の変更
  • 取引先との契約の再締結
  • システムやデータベースの分割

これらを元に戻すには、同じだけの時間とコストがかかります。分社化は、可逆性の低い判断なのです。

もちろん、事業の独立性を高めるために分社化が必要なケースもあります。それでも、その前に「戻れる実験」の段階を踏めば、大きな失敗は避けられます。

「戻れる実験」の3ステップ

具体的にどう進めればよいのか。私がクライアントにすすめている「戻れる実験」の3ステップを紹介します。

ステップ1: 擬似的な分離から始める

最初から法人格を分ける必要はありません。まずは社内に、擬似的な独立組織をつくりましょう。たとえば次のような方法があります。

  • 事業部として独立した予算と権限を与える
  • 別のフロアや別の建物にオフィスを移す
  • 社内の会計システム上で独立した損益計算書を作成する

これなら、うまくいかなかったときも元の組織に戻すのは簡単です。人事異動と机の移動だけで済みます。

ステップ2: 評価期間をはっきり決める

擬似的な分離を始める前に、「いつまでに、何を達成できていれば成功とするか」を決めておきます。

私が関わったある製造業のクライアントは、新規事業を社内ベンチャーとして立ち上げました。そのとき設定した条件は次のとおりです。

  • 評価期間を区切る
  • 月間売上の目標額を決める
  • 獲得すべき顧客数の下限を決める

この条件をクリアできなければ事業を畳む、と事前に決めていました。結果は評価期間を待たずに目標を達成し、いまは正式な子会社として独立しています。

大切なのは、撤退条件を最初に決めておくことです。それがあれば、感情に流されずに判断できます。

ステップ3: 戻し方を事前に設計する

「失敗したら、どうやって元に戻すのか」も、前もって考えておきます。先ほどの製造業のクライアントでは、次のような戻し方を設計していました。

  • 担当者は元の部署に戻す
  • 顧客データは本社のシステムに統合する
  • 使っていたオフィスは本社の倉庫として活用する

こうした準備があれば、撤退の決断は早くなります。「戻せる」という安心感が、むしろ挑戦を後押しするのです。

「戻れる判断」がもたらす3つのメリット

戻れる判断を設計しておくと、次のようなメリットがあります。

心理的な負担が軽くなる

「失敗しても戻れる」という前提があれば、経営者の心理的な負担は大きく減ります。私自身、コロナ禍で事業転換を決断したとき、この考え方が大きな支えになりました。

「駄目なら元に戻せばいい」と思えるだけで、決断のハードルは格段に下がります。

意思決定が速くなる

戻れる判断は、意思決定のスピードを上げます。完璧を目指す必要がなくなるからです。

「まずやってみて、駄目なら戻す」という姿勢があれば、検討に時間をかけすぎずに済みます。実際に動いてみて、初めて見える課題もあるのです。

組織の学習が進む

戻れる判断は、組織の学習も促します。失敗を悪いことではなく、学びの機会として捉えられるからです。

あるIT企業では、新規事業の実験を繰り返すうちに、自社の強みと弱みがはっきりしました。事業そのものからは撤退しましたが、その経験はいま別の事業で活かされています。

「戻れない判断」を減らす経営

経営判断の中には、どうしても戻れないものもあります。会社の合併やM&A、大型の設備投資などです。

しかし、そうでない判断の多くは、戻れる形に設計できます。Xbox事業の再編にしても、いきなり分社化するのではなく、まず社内に擬似的な独立組織をつくって実験してみるべきではないでしょうか。

中小企業の経営者にこそ、この考え方を身につけてほしいと思います。大企業よりも失敗の影響が大きく、戻すコストも高いからです。

「戻れる経営」は、臆病な経営ではありません。積極的に挑戦するための土台づくりです。あなたの会社でも、まずは「戻れる実験」から始めてみませんか。