撤退の裏に潜む「戻れない理由」
2026-06-24
中国のスマートフォン大手、シャオミの韓国市場戦略が行き詰まっています。2025年1月に現地法人による本格展開を始め、低価格を武器に攻勢をかけたものの、販売代理店が手がけた格安通信サービス「スピッツモバイル」が撤退。エコシステムの構築という壁に直面していると報じられています。
シャオミの戦略は、スマートフォンだけでなく、家電やライフスタイル製品を連携させた「エコシステム」で顧客を囲い込むことにあります。ところが韓国市場ではこのエコシステムが十分に機能せず、単なる端末の販売競争に陥りました。
このニュースから、中小企業の経営者は何を学べるでしょうか。大企業の事例として片づけず、「戻れる経営」の視点で読み解いてみます。
エコシステム戦略に潜む「戻れない罠」
シャオミのケースで注目すべきは、エコシステム戦略そのものの是非ではありません。撤退のしづらさを、最初から抱え込んでいた点です。
エコシステムとは、複数の製品やサービスを連携させて顧客の離脱を防ぐ戦略です。強固なビジネスモデルに見えますが、裏を返せば、一つの歯車を外すと全体が崩れるという脆さも抱えています。
シャオミは韓国市場で、スマートフォンを売るために代理店と契約し、エコシステムを構成する各製品の供給網を整えました。ところがスマートフォンの販売が伸び悩むと、エコシステム全体の維持コストが重くのしかかります。撤退を決めるにも、個別の契約解除や在庫処分だけでなく、エコシステム全体を解消するという複雑な手続きが必要になるのです。
これは中小企業の多角化戦略にも通じます。複数の事業を連携させて相乗効果を狙うのは有効ですが、その連携の複雑さが、撤退のハードルを上げる要因にもなりえます。
「戻れる線」を引かなかった結果
シャオミは韓国市場に参入するとき、どんな撤退条件を設けていたのでしょうか。スマートフォンの販売台数や市場シェアといった目標はあったはずです。しかし、エコシステム全体としての「戻れる線」は引かれていなかった可能性が高いでしょう。
「戻れる線」とは、この条件を下回ったら事業を畳む、という明確な基準です。この線を引かないまま投資を続けると、損失が膨らんでも「もう少しで軌道に乗る」という希望的観測に頼り、撤退を先延ばしにしてしまいます。
シャオミの韓国戦略は、エコシステムという戻れない構造を、最初から作り込んでしまった事例と言えるでしょう。
中小企業こそ、可逆性を設計に組み込む
では、中小企業の経営者はどうすればよいのか。答えはシンプルです。事業を始める段階で、「どこまで戻れるのか」を設計に組み込んでおくことです。具体的には、次の3点を事前に決めておくことをおすすめします。
撤退条件を先に決める
「売上が目標の80%を下回ったら撤退」「3年連続で赤字なら撤退」というように、数字ではっきりした撤退条件を設けます。感情ではなく、前もって決めたルールに従って判断できるようにするのです。
私が支援したあるIT企業は、新規事業を始めるにあたり、「初年度の顧客獲得数が事前に定めた水準を下回ったら撤退する」と取締役会で決議しました。結局目標には届きませんでしたが、損失が膨らむ前に撤退し、そのリソースを既存事業の強化に回したことで、全体の業績は向上しました。
投資規模を段階的に広げる
いきなり大きな投資をせず、小さな実験から始めます。シャオミのように一気にエコシステムを築こうとするのではなく、まず単一の製品で市場の反応を見る。手応えがあれば、そこから少しずつ投資を広げていきます。
この段階的な投資こそが、戻れる経営の基本です。一度に大きく投資すると撤退の心理的なハードルが上がり、判断が遅れます。
契約に「解約条項」を入れる
代理店契約や販売委託契約を結ぶときは、必ず「一定の条件で解約できる条項」を入れておきます。シャオミのケースで、スピッツモバイルとの契約にどんな条項があったかは分かりません。ただ、もし解約しにくい契約だったとすれば、撤退の判断はさらに難しくなります。
中小企業は大手企業との契約で不利な条件を飲まされがちですが、解約条項は交渉で最も重要な項目の一つです。「この事業がうまくいかなかったら、どうやって撤退するのか」を常に考えておくことが大切です。
撤退を「敗北」と捉えない文化をつくる
最後に、経営者自身の心構えについて触れておきます。
シャオミの韓国からの撤退は、メディアでは「失敗」と報じられるでしょう。しかし、本当の失敗は、撤退すべきときに撤退できないことです。
撤退を敗北とみなす文化が組織に根づいていると、誰も撤退を言い出せなくなります。すると損失は雪だるま式に膨らみ、最後には会社全体を危険にさらします。
私自身、コロナ禍に不採算事業の売却を経験しました。当時は社内に「撤退=敗北」という空気があり、決断までに長い時間がかかりました。それでも、売却後に残ったリソースをコア事業に集中させたことで、会社はV字回復を果たしました。
撤退は「選択と集中」の一環であり、次の成長のための戦略的な判断です。「戻れる経営」とは、失敗しない経営ではなく、失敗から確実に戻れる経営のこと。シャオミの事例を、自社の戦略を見直すきっかけにしてみてください。