業績連動が戻れなくなる時
2026-06-01
韓国のゲーム会社で、業績連動型の報酬制度が経営陣にブーメランのように返ってきたというニュースがありました。業績が悪化した際、経営陣自身の報酬が大幅に削られただけでなく、制度設計の誤りまで露呈した事例です。
「業績に連動させる」という発想は、経営者なら誰しも一度は考えるでしょう。社員のモチベーション向上、会社と個人の利害の一致、透明性のある評価。理想は美しく響きます。
しかし、このニュースが示しているのは、業績連動という仕組みが「戻れない判断」へと変わっていくメカニズムです。最初は小さな実験だったはずのものが、いつの間にか組織全体を縛る鎖になる。そのプロセスを、戻れる経営の視点から解剖してみます。
業績連動はなぜ固定化しやすいのか
業績連動制度の問題は、設計そのものよりも、固定化のスピードにあります。
多くの企業は、制度を導入するとき「まず試してみよう」ではなく「これで決めよう」という姿勢で臨みます。理由は単純で、制度を変えるたびに社内調整や労使交渉が必要になるからです。その手間を避けたいがために、一度決めた制度を長く固定してしまうのです。
けれども、経営環境は変わります。市場の需給、競合の動き、技術の進歩。そのすべてが変わっても報酬制度だけが変わらなければ、制度はやがて現実から乖離していきます。
今回の韓国ゲーム会社のケースでは、業績連動の指標そのものが、経営の実態を正しく映さなくなっていた可能性があります。業績悪化の原因が経営陣の能力ではなく、市場環境の変化や予期せぬ規制の変更だったとしても、制度の上では「経営陣の責任」と判定されてしまう。
この「判定の自動化」こそが、戻れない判断の正体です。
可逆性を設計に組み込む3つの条件
では、業績連動制度を戻れるものにするにはどうすればよいのでしょうか。具体的な条件を3つ挙げます。
評価期間と観測期間を分ける
多くの業績連動制度では、評価期間と報酬を決める期間が完全に一致しています。四半期ごとに業績を評価し、その結果をすぐ報酬に反映する。合理的に見えますが、これでは観測と判断が一体になり、後戻りが効きません。
戻れる設計では、評価期間を「観測期間」と「判断期間」に分けます。たとえば半年間は評価指標のデータを集めるだけで、報酬には反映しない。その間に指標が妥当かどうかを検証し、必要なら修正する。この観測のための猶予が、可逆性を担保します。
報酬の下限と上限を先に決める
業績連動が暴走する最大の原因は、報酬の変動幅に制限がないことです。業績が良ければ際限なく報酬が増え、悪ければ際限なく減る。これでは経営陣が目先の業績に過度に集中し、長期的な投資やリスク管理がおろそかになります。
戻れる設計では、報酬の変動幅にあらかじめ上限と下限を設けます。「これ以上は増えない」「これ以下には減らない」という安全弁があれば、制度そのものが破綻するリスクを避けられます。
例外処理のルールを明文化する
どれほど精巧に設計した制度でも、想定外の事態は必ず起きます。大切なのは、想定外が起きたときの対応ルールを先に決めておくことです。
たとえば、「市場環境に大きな変化があった場合は、評価指標を見直すことができる」という条項を入れておく。これだけで、制度が硬直するリスクは大きく減らせます。ただし、この条項が形骸化しないよう、発動の条件と手続きは具体的に定めておく必要があります。
固定化を避ける「実験的導入」のすすめ
ここまで読んで、「そんな面倒なことをするくらいなら、業績連動などやらないほうがいい」と思った方もいるかもしれません。その判断も一つの選択肢です。
それでも業績連動を導入するなら、最初から本番運用にせず、実験として始めることをおすすめします。手順は次のとおりです。
- ステップ1:対象を一部の部署や役職に限定する
- ステップ2:導入前に「実験期間」と「評価基準」を明示する
- ステップ3:実験期間の終了後に、制度の効果と課題を検証する
- ステップ4:検証結果をもとに、制度を修正するか廃止するかを決める
このプロセスで重要なのは、3と4のあいだに「戻る」という選択肢を残しておくことです。実験が失敗したら、制度を廃止して元の状態に戻す。これが「戻れる経営」の基本です。
多くの企業は、実験の結果が悪くても「せっかく作ったのだから」と制度を維持しがちです。しかし、その判断こそが戻れない罠にはまる原因になります。実験は失敗して当然で、失敗したら戻ればいい。このシンプルな原則を守るだけで、経営判断の可逆性は格段に高まります。
人ではなく、業務と制度を見る
戻れる経営の基本原理の一つは、問題が起きたときに「人の問題」にしないことです。
業績連動制度がうまく回らないとき、経営者は「社員の意識が低い」「評価者がきちんと評価しなかった」と人のせいにしがちです。しかし本当の問題は、ほとんどの場合、制度設計そのものにあります。
韓国ゲーム会社の事例も、経営陣の能力や努力の問題ではなく、制度が経営の実態を正しく映さなかったという構造の問題だった可能性が高いでしょう。だとすれば、解決策は人を入れ替えることではなく、制度を修正することです。
戻れる経営とは、人に頼らず、構造によって判断を立て直せる状態をつくること。業績連動制度も、その例外ではありません。
まとめ:観測を優先し、固定化を避ける
業績連動制度は、使い方次第で強力な経営ツールにも、戻れない罠にもなります。その分かれ目は、制度を「固定する」か「仮置きする」かの判断です。
- 評価期間と判断期間を分ける
- 報酬の変動幅に上限と下限を設ける
- 例外処理のルールを事前に決める
- 実験的に導入し、失敗したら戻す
この条件を満たせば、業績連動制度は戻れる経営判断の一部として機能します。逆に、これらを無視して導入すれば、いつか必ずブーメランは返ってくるでしょう。
経営判断に正解はありません。しかし、戻れる余地を残すことはいつでもできます。その余地をどれだけ設計に組み込めるか。そこに経営者の腕が問われます。