IT部門が消える日、経営の新たな責任

「IT部門は不要になる」という議論が、ときどきビジネスメディアをにぎわせます。背景には、SaaSの普及によるITの民主化や、ノーコードツールの台頭があります。しかし、この議論をただの脅しやトレンドとして片付けるのは危険です。この「不要論」は、経営者がITから逃げ続けてきた代償を突きつける、極めて本質的な問いを含んでいるからです。

結論から言えば、IT部門という「組織」は形を変えるでしょう。しかし、ITという「機能」が不要になることは決してありません。むしろ、経営者自身がITの目的を定義し、設計する責任は、これまで以上に重くなります。本記事では、IT部門不要論の背景を経営者の視点からひもとき、あるべきIT組織の姿を考えます。

「IT部門不要論」が生まれる三つの理由

IT部門不要論が語られる背景には、大きく三つの要因があります。

一つめは、SaaSやクラウドサービスの普及です。かつてIT部門の仕事の多くは、サーバーの運用やソフトウェアのインストール、ライセンス管理といった物理的なインフラの管理でした。いまではその多くがクラウドベンダーに委ねられ、情シスの役割は大きく変わっています。

二つめは、ノーコード・ローコードツールの台頭です。事業部門が簡単なアプリケーションやワークフローを自分で作れるようになり、IT部門の「待ち」の姿勢がボトルネックになるケースが増えました。事業部門は「IT部門に頼むより、自分たちでやったほうが早い」と感じ始めています。

三つめは、IT部門の役割が「守り」に偏りがちなことです。セキュリティ対策や安定運用は重要ですが、それだけでは事業成長に貢献している実感が持てず、経営層からも「コストセンター」と見られがちです。この構造が、IT部門の存在意義そのものを問う議論を生んでいます。

IT部門をなくせば、責任は経営者に戻ってくる

とはいえ、IT部門が消えれば万事解決するわけではありません。IT部門をなくすということは、経営者がITの責任を一手に引き受けるということです。多くの経営者は、この責任の重さを軽く見ています。

大切なのは、IT部門の「形」ではなく、ITという「機能」を組織にどう実装するかです。私たちは、ITを「事業IT」「経営IT」「管理IT」の三つに分けて捉える視点が重要だと考えています。

事業ITは、売上や成長に直結するITです。マーケティングオートメーション、CRM、ECサイトなどが該当します。事業部門が主体となって推進すべき領域で、スピードが求められます。

経営ITは、経営判断の質を高めるためのITです。経営ダッシュボード、予測分析、統合型のERPなどが該当します。経営者が直接、設計に関わるべき領域です。

管理ITは、安定運用とコスト管理のためのITです。ネットワーク基盤、メールシステム、セキュリティ対策などが該当します。専門性の高いチームに任せるべき領域です。

問題は、多くの企業でこの三つが混ざり合い、目的が曖昧になっていることです。IT部門がすべてを抱え込み、「守り」の管理ITにリソースを取られて、事業成長に貢献できない。この構造こそが、IT部門不要論の根本原因です。

あるべきIT組織の姿

では、どのような組織設計が理想なのでしょうか。一つの答えは、IT部門を「管理IT」に特化させ、事業ITは各事業部門に、経営ITは経営直下の戦略チームに分けて持たせることです。

たとえば、ある中堅製造業では、従来の情シスを「ITインフラ部」と「デジタル戦略室」に分割しました。ITインフラ部は、ネットワークやセキュリティ、ヘルプデスクといった安定運用に専念します。デジタル戦略室は経営企画の一部門として、経営ダッシュボードの設計や、各事業部門のデジタル化の推進を支える役割を担いました。

その結果、ITインフラ部の障害対応件数は減り、デジタル戦略室が主導した営業支援システムの導入によって、営業部門の商談数も増えました。鍵は、ITの目的をはっきり分類し、それぞれに合った組織と評価軸を設けたことです。

事業ITについては、各事業部門に「BizOps」や「事業開発」といったロールを置き、ノーコードツールで素早く仮説検証を回せる体制を整えました。ITインフラ部は、これらのツールのセキュリティガイドラインの策定と、データ連携の基盤整備を受け持っています。

経営者がITから逃げてきた代償

IT部門不要論の本質は、経営者がITの目的を定義してこなかったことへの警鐘です。IT部門に「何でも屋」を任せ、明確な評価軸も与えず、「守り」に特化せざるを得ない状況を作り出したのは、ほかならぬ経営者自身です。

ITを「専門家任せ」にしてきた代償は、決して小さくありません。IT投資のROIが出ない。部門間でデータが統合できない。属人的な業務プロセスが改善されない。これらはすべて、経営者がITの目的を定義しなかったことに起因します。

たとえば、ある小売企業では、経営陣がIT戦略を立てないまま各部門が好き勝手にSaaSを導入し、数多くのツールが乱立して顧客データが統合できなくなりました。本来ならAIを使った需要予測が可能だったにもかかわらず、データのサイロ化によって実現できず、機会損失を被りました。

この事例で悪いのはIT部門ではありません。経営がITを「手段」ではなく「経営資源」として定義しなかったことの失敗です。

経営者が今すぐ取るべきアクション

IT部門不要論に惑わされず、経営者は次のアクションを取るべきです。

一つめは、自社のITを「事業IT」「経営IT」「管理IT」に分類し、それぞれの責任者と評価軸を明確に定めることです。とくに経営ITは、経営者自身が設計に関わらなければなりません。

二つめは、IT部門の役割を「管理IT」に特化させるのか、あるいは「事業IT」と「経営IT」を切り分けるのかを決断することです。組織再編には勇気が要りますが、今のままではIT部門の疲弊は続きます。

三つめは、ノーコードツールの導入を検討することです。たとえばkintone(サイボウズ)やMake(旧Integromat)といったツールを使えば、事業部門が自ら業務効率化を進められます。IT部門は、これらのツールの利用ガイドラインを定め、セキュリティを担保する役割へと移れます。

IT部門は消えるのではなく、進化するのです。その進化の方向を決めるのは、ほかでもない経営者です。ITを「専門家任せ」から「経営の武器」へと変える覚悟が、いま問われています。