「ファックス7割」が示す、経営が買うべき「デジタル化の再現性」

公立小中学校の7割以上で、いまだにファックスが日常的に使われている。

このニュースを「学校のデジタル化の遅れ」で片付けるのは危険です。あらゆる組織が直面している、IT戦略の根本的な課題を、極めて鮮明に映し出しているからです。経営者やCTOの皆さんは、この「ファックス7割」の現実に、自社のIT投資のあり方を重ねてみてください。意外なほど共通する構造的な問題が見えてくるはずです。

問題の本質は、ファックスという「古い技術」が残っていること自体ではありません。デジタル化の「再現性」、つまりある場所で成功した改革を、別の場所や別のプロセスで確実に再現する仕組みを、経営が買えていないことにあります。

「茨城1位」のランキングが隠す、本当の格差

ニュースでは、都道府県別の学校DXランキングで茨城県が1位と報じられています。そこで強調されるのは、進んだ地域と遅れた地域という「横の格差」です。しかし経営の視点で見るべきは、むしろ「縦の断絶」のほうです。

たとえば、ある学校で一部の熱心な教員がクラウド連絡ツールを導入し、保護者とのコミュニケーションを劇的に改善したとしましょう。これは「事業IT」の成功例です。では、その成功は隣の学校や、同じ市内の別の学校に確実に広がるでしょうか。多くの場合、広がりません。その成功が個人の努力に依存したままで、組織としての標準プロセス(経営IT)や、それを支える安定基盤(管理IT)にまで昇華されていないからです。

同じ構造が、貴社の部門間でも起きていないでしょうか。営業部門ではSlackやSalesforceが浸透しているのに、総務部門では紙の稟議とFAXでの発注が続いている。この「事業IT」と「管理IT」の断絶こそが、組織全体のデジタル化を阻む最大の障壁です。茨城県の取り組みが本当に評価されるべきかどうかは、この「縦の断絶」を解消する再現性のあるモデルを築けたかどうかにかかっています。

「現場の誇り」と「経営の再現性」は両立できる

関連するもう一つのニュース「現場アナログ人材の『誇り』をデジタルで守り抜け」は、重要な示唆を与えてくれます。学校現場でも、長年培ってきたファックスや電話による緊密な連絡網には、一種の「誇り」や確実性への信頼があるのかもしれません。それを「古臭い」と一蹴するデジタル化は、現場の抵抗を招き、失敗します。

経営が目指すべきは、この「現場の誇り=確実に機能するプロセス」を、デジタルの力で「再現性のある資産」へと昇華させることです。たとえばFAXでしか受け付けない取引先がいる場合、経営判断は二つに分かれます。

一つは、「FAXを残し、対応する人を確保する」という管理IT的な発想。もう一つは、「FAXで受け取った情報をいかに自動でデジタルデータにし、既存の業務フロー(クラウドストレージへの保存、CRMへの顧客情報登録)に組み込むか」という経営IT的な発想です。後者には、FAXクラウドサービス(たとえばGFAXやRICOH eFAX)の導入といった具体的な解決策があります。

大切なのはツールを入れることではありません。「確実な連絡」という価値を残しながら、そのプロセスをデータとして可視化し、統合する。その経営目的を明確に定めることです。「誇り」を守るとは現状維持ではなく、その核心にある価値を、より強固で再現性のある形で実現するための投資なのです。

神戸市の「上席デジタル化専門官」が担う本当の役割

神戸市が公募している「上席デジタル化専門官」を、高度IT人材の採用と読むだけでは浅いでしょう。このポジションの本質は、「目的関数の統一者」としての役割にあると解釈すべきです。

自治体では、防災部門のIT(迅速な情報発信)、福祉部門のIT(確実な給付)、教育委員会のIT(公平な学習機会)がそれぞれ独立し、目的が分裂しています。これが、デジタル化が学校現場まで浸透しない根本原因です。上席専門官の最大の使命は、ばらばらのIT投資を「市民生活の質の向上」という一つの経営目的(自治体にとっての経営目的)のもとに定義し直し、部門を横断する再現性を設計することです。

民間企業で言えば、これはCTOやDX推進責任者の本質的な役割にあたります。各部門が個別に導入するSaaS(Salesforce, Slack, freee, マネーフォワード)のデータ連携を設計し、部門ごとの「効率化」という小さな目的を、会社全体の「成長加速と意思決定の高度化」という大きな目的につなげる。この「目的関数の統一」こそ、経営が専門家に任せてはいけない、最も重要な戦略判断なのです。

経営が「デジタル化の再現性」を買う3つの投資

では、「ファックス7割」のような断絶を生まないために、経営者は何に投資すべきでしょうか。答えは、次の3つの「再現性」への投資です。

1. プロセス可視化の再現性

ある部門で成功した業務改善を他の部門で再現するには、まず「As-Is(現状)のプロセス」を可視化する共通言語が要ります。BPMN(ビジネスプロセスモデル記法)などの図式化ツールを導入したり、Miroなどのコラボレーションボードを使ったプロセス可視化ワークショップを定例化したりする投資です。そうすれば、FAXに依存したプロセスも、デジタルで完結するプロセスも、同じ土俵で議論できるようになります。

2. データ連携の再現性

部門を越えてデータが流れる「パイプ」を、標準として用意することです。具体的には、ZapierやMake、Power Automateといったノーコード/ローコード統合ツールの導入と、その活用ルールの策定です。「Aツールのこのデータが更新されたら、Bツールにこの形で通知する」というパターンを積み重ね、社内の標準資産にします。これによって、一部の「できる人」だけが知っていた連携が、組織として再現できる資産に変わります。

3. 意思決定の再現性

最も重要な投資です。「なぜそのツールを導入するのか」「その投資によって、どんな意思決定を速く、確かにしたいのか」を問うフレームワークを、経営会議に埋め込みます。たとえば、すべてのIT投資案件に「この導入により、どのKPIの計測・改善が可能になるか」「他部門のどのデータと連携させる想定か」を記入するシートを義務づける。そうすることで、部門ごとにばらばらだったITの目的が、「経営判断の質と速度の向上」という一点に集まっていきます。

「デジwith」のマンガでは解決しない根本問題

中小機構がマンガでデジタル化を紹介する「デジwith」は、取っつきやすさという点で評価できます。しかし、多くの支援策やポータルサイトが見過ごしている根本問題があります。ツールの「使い方」は教えても、そのツールで「何を判断するのか」という経営の目的を定める支援にまでは踏み込んでいない点です。

経営者に必要なのは、会計ソフトfreeeの入力方法ではなく、「freeeのデータを経営分析にどう生かし、翌四半期の人員投資の判断にどうつなげるか」というストーリーです。この「ツールから判断への接続」が空白のままでは、ツール導入は業務の「置き換え」で終わり、真のデジタル化=「意思決定の高度化」には届きません。

「ファックス7割」の現場も同じです。クラウド連絡ツールの操作方法を教える前に、「このツールで保護者とのどんな課題を解決し、そこで得られたデータを学校運営のどの改善に生かすのか」という目的を共有する必要があります。目的のないツール導入は、新しい負担でしかないのです。

まとめ:経営が買うのはツールではなく、再現性の設計図である

公立学校のファックス問題は、日本社会全体の縮図です。個々の現場の努力や一部の先進事例(茨城)だけでは解決できません。必要なのは、経営層が「デジタル化の再現性」そのものに戦略的に対価を払い、組織の骨組みに組み込むという意思決定です。

経営者、CTOの皆さん。自社にとっての「ファックス」が何なのか、探ってみてください。それは物理的な機械ではなく、属人化したプロセスや、部門間で分断されたデータ、目的の曖昧なツール群かもしれません。それらを、可視化・連携・意思決定という3つの再現性への投資によって結びつける。それが、ニュースの表面ではなく、その背後にある「経営によるITの再定義」という本質的な課題への答えです。

デジタル化の遅れは技術の問題ではなく、経営が再現性を設計してこなかったという「意思決定の結果」です。であれば、その解決もまた、経営の意思決定から始まるのです。