「DX推進展」が露呈する、経営が放置した「ITの断絶」
2026-04-16
先日開催された「第6回 デジタル化・DX推進展(ODEX)」。会場には「経理・財務サポートEXPO」という一角があり、その一方では「ソースコード解析×対話AI」で既存システムを可視化するエージェント「Mill」のデモが行われていた。多様なデジタル化ソリューションが集う、一見すると健全な光景である。
だが、経営者の目でこの配置を見直すと、深刻な「ITの断絶」が浮かび上がる。これは展示会のレイアウトの話ではない。多くの企業で、経営が放置したまま進んでいるIT戦略の分裂構造が、そのまま映し出されているのだ。
「経理DX」と「システムAI」が交わらない現実
会場で隣り合うこれらのソリューションは、実際の企業の中でどれほど対話しているだろうか。請求書受領代行サービスで経理業務のデジタル化を進める部門と、AIエージェント「Mill」でレガシーシステムの可視化やリスク分析に取り組む技術部門。両者の目的は、多くの場合まったく分断されている。
経理部門の目的関数は「業務の効率化と人的ミスの削減」であり、請求書データを早く受け取り、処理を自動化することが価値になる。一方、技術部門が「Mill」のようなツールに求めるのは「技術的負債の可視化と維持管理コストの最適化」だ。同じ会社のIT投資でありながら、両者には共通の目的も、統合された評価基準もない。この断絶は、経営が「IT」という一つの箱に目的の違う活動を押し込み、それぞれに別々の予算とKPIを与えてきた結果にほかならない。
経営が生み出した三つの「IT王国」
この展示会の構成は、多くの企業に存在する三つの独立した「IT王国」をそのまま映している。
一つめは「業務効率化IT」の王国だ。経理・財務サポートEXPOに集うツール群がこれにあたる。Freeeやマネーフォワードクラウドといった会計SaaS、RPAを使った請求書処理サービスが典型である。ここでは意思決定が部門長のレベルで完結しやすく、「工数削減効果」が最大の判断材料になる。
二つめは「基盤・セキュリティIT」の王国である。ペンタセキュリティのデータ暗号化プラットフォーム「D.AMO」が「埼玉DXパートナー」に認定されたというニュースは、この領域の動きを示している。ここでの価値は「リスク回避とコンプライアンス対応」で、情シス部門や内部統制部門が主導する。投資判断は「想定されるリスク損失額」との比較で行われるが、その算定は極めて難しい。
三つめは「技術革新・事業IT」の王国だ。「Mill」のようなAIエージェントによるシステム解析は、この領域の最先端と言える。関心を持つのはCTOや開発部門で、目的は「技術的競争力の維持・向上」や「新規事業開発の基盤整備」。評価は中長期の技術ロードマップに沿って行われる。
問題は、この三つの王国が、会社としての共通の目的関数で結ばれていないことだ。それぞれが独自の論理と予算で動き、データもプロセスも分断されたままになっている。
断絶が生む「デジタル化の孤島」と経営リスク
分断が日常になると、社内には互いに連携しない「デジタル化の孤島」が生まれる。経理部門は請求書データをクラウドで効率化するが、そのデータは事業部門のリアルタイムな意思決定には使われない。技術部門がAIでシステムの非効率を見つけても、それを経理業務のコスト構造の改善につなげる分析は行われない。
さらに深刻なのは、この状態が「見えないリスク」を積み上げていくことだ。一例を挙げよう。ある中堅企業では、経理部門が優れたクラウド請求書サービスを導入し、処理時間を大きく短縮した。同じ頃、事業部門は顧客管理のために別のSaaSを入れ、売上管理を効率化した。両システムはAPIで連携できたにもかかわらず、部門間の調整コストが高いという理由で、未連携のまま放置された。
その結果、経理システムの「支払先データ」と営業システムの「顧客取引実績データ」は統合されない。この状態でAIによる取引先の与信管理や、サプライヤー集中リスクの分析をしようとしても、データが分断されている以上は不可能だ。経営陣は個別のデジタル化の成功報告を受け取りながら、統合されたデータに基づく経営判断という、デジタル化の本質的な価値を取り逃がしている。
障害者施設における文書デジタル化の事例も、この視点で見ると示唆に富む。工賃向上を目的としたデジタル化には、確かに大きな社会的価値がある。しかし、そこで生まれたデジタル文書データを、施設の運営効率の分析や、より広域的な福祉行政の政策立案にどう生かすのか。その次の段階のビジョンがなければ、せっかくのデジタル化も「孤島」で終わるおそれがある。
「IT統合」の第一歩は、目的関数を定め直すこと
では、展示会場に象徴されるこの断絶を、経営はどう埋めればよいのか。最初にすべきは、個別に最適化されたツール導入の是非を問うことではない。その手前にある、より根本的な問いに向き合うことだ。
「自社のIT投資全体に共通する目的関数は何か?」
経営陣がこの問いに明確に答えられなければ、各部門は自分たちに都合のよい解釈でITを使い、断絶は深まる一方になる。共通の目的関数は、たとえば次のような形をとりうる。
- 「全てのIT投資は、顧客への価値提供までのリードタイム短縮に貢献すること」
- 「データ生成から経営判断までのサイクルを、今のX日からY日に短縮すること」
- 「事業の再現性(誰がやっても一定の成果が出る仕組み)を高めること」
共通の目的が定まれば、「経理DX」も「システムAI」も同じ物差しで測れるようになる。請求書処理の自動化は「支払いデータが経営層に見えるまでのスピード」で、システム解析AIは「意思決定に必要なデータを基幹システムから取り出すまでの工数」で評価されるべきだ。
「つなぐ機能」こそが経営の責務
API連携やデータ連携基盤(DWH、データレイク)を使えば、技術的に解決できる問題に見えるかもしれない。しかし根本原因は技術ではなく、経営の意思決定のあり方にある。三つのIT王国の代表者、つまり経理責任者・情シス責任者・CTOを定期的に同じテーブルに着かせ、共通の目的関数を前にして各自のIT投資計画を説明させているだろうか。
具体的なアクションとして、次の三点を提案したい。
一つめは「IT投資評価会議」の設置だ。どの部門もIT関連の予算を要求するときは、共通のフォーマットで「自社が定義したIT目的関数への貢献度」を説明することを義務づける。問うのは単なる工数削減効果ではなく、それが会社全体のデータの流れや意思決定の速度にどう効くかである。
二つめは「データ統合責任者(CDO)」の任命を検討することだ。その役割は技術の統合ではなく、「業務プロセス間のデータの流れを設計する」ことにある。経理データと営業データがどこで途切れているかを把握し、それを解消する部門横断のプロジェクトを推し進める権限と責任を与える。
三つめはツール選定基準の統一である。「オープンなAPIを公開しているか」「自社が定める標準データ形式(JSON等)で出力できるか」といった、将来の統合可能性を判断基準に明示的に加える。個々のベンダーを評価するだけでなく、エコシステムの中での位置づけを見る視点だ。
DX推進展は「答え」ではなく「問い」の場である
「デジタル化・DX推進展」のような場を、最新ツールを物色するだけで終わらせてはならない。そこに並ぶ多様で分断されたソリューションは、自社のIT戦略が抱える断絶を映す鏡になるはずだ。
経理効率化ツールを見るとき、経営者はこう問うべきである。「このツールが生み出すデータは、わが社のどの意思決定を、どれだけ早く、確かなものにするのか」。システム解析AIを見るときには、「この可視化は、技術的負債のコストを減らすだけでなく、事業機会の発見にどうつながるのか」と。
ITの断絶は、ツールが解決する問題ではない。経営が自らの意思決定のあり方を省みず、ITを「便利な道具」の寄せ集めとして扱い続けてきた結果である。展示会場の区画割りが示す分断を解消する第一歩は、経営会議の議題に「IT目的関数の統一」を掲げることだ。そうしなければ、どれほど優れたツールを導入しても、企業はデジタル化の「孤島」に取り残され、本来得られるはずの統合的な価値を見失い続けるだろう。