災害時ITが露呈する経営の“本番想定”欠如

通信が止まっても動くシステムが問いかけるもの

「通信が止まっても回る デジタルで避難所受付はここまで変わる!?」というニュースが話題を呼んでいます。災害時の避難所受付をデジタル化し、オフラインでも動くシステムの実証実験が進んでいる、という内容です。

一見すると、よくある防災DXの事例です。しかし経営×ITの視点で見ると、多くの企業が抱える根本的な課題がここに凝縮されています。

「本番で止まらないIT」が設計されていない、という問題です。多くの企業は、平常時の業務効率だけを考えてシステムを導入します。けれども本当に価値があるのは、トラブルが起きたときにも動き続けるIT基盤です。

平常時と災害時を分ける発想の危うさ

今回の避難所システムの特徴は、通信が途絶えてもスタンドアロンで動く点にあります。クラウドに頼らず、ローカルのデータベースで受付を完結させる。この設計は、経営にとっても大きな示唆を含んでいます。

多くの企業は、「平常時はクラウド、災害時はバックアップ」という二段構えのIT戦略を取っています。しかし、この発想そのものが危険です。災害は突然やってきますし、システムの切り替えがスムーズにいくとは限らないからです。

ある中堅製造業の情シス担当者は、こう話します。「BCP(事業継続計画)を策定しても、実際にシステムが使えなくなったときのリカバリ手順は紙でしか残っていなかった。肝心なときに動かせる自信はない」。

ITを「管理IT」としてしか捉えていない典型例です。売上や顧客対応に直結するシステムを「事業IT」と位置づけ、本番で止めない設計を経営がしていれば、この問題は防げたはずです。

経営者が持つべき「オフライン・ファースト」の設計思想

避難所受付の事例が示しているのは、システム設計の思想そのものを変える必要がある、ということです。経営者が押さえるべきポイントは次の3つです。

1. システムの可用性を「平常時」と「障害時」で分けて評価しない

多くの企業は、システムの稼働率を「99.9%」などと評価します。しかし、顧客対応やオペレーションに致命的な影響を与えるのは、残り0.1%の障害時のほうです。

経営者は、障害時も含めた「フルスペックでの可用性」をシステムに求めるべきです。オフラインでも主要機能が動く「オフライン・ファースト」の設計思想を、SaaS選定の条件に加えることを検討してください。

2. バックアップは「手段」ではなく「目的」として設計する

データのバックアップを、「取っておけば安心」という程度にしか考えていない企業は少なくありません。本当に必要なのは「バックアップから復旧できること」であり、その復旧手順が属人的であってはなりません。

たとえば、ある大手小売チェーンでは、POSシステムがダウンすると、レジ担当者が手書きで伝票を起こし、後日システムに手入力する運用をしていました。システムが止まったときの「運用」が設計されていない典型例です。IT投資の効果は、システムが止まったときの業務プロセスまで含めて評価する必要があります。

3. 経営ITとして「再現性」を担保する

災害時はもちろん、サーバーダウン、ネットワーク障害、サイバー攻撃といった日常的なトラブルでも業務を止めないためには、「再現性」が欠かせません。

再現性とは、特定の担当者に頼らず、誰でも同じ手順で業務を続けられる状態のことです。これこそが経営ITの核心です。避難所受付のデジタル化が「紙の台帳」から抜け出し、誰でも同じように受付を終えられるようにしたのと同じように、企業の基幹業務も、障害時に「誰がやっても同じ結果が出せる」状態を目指すべきです。

ある物流企業の「本番想定」の失敗

ある物流企業が、倉庫管理システム(WMS)を刷新したことがあります。クラウド型のWMSを導入し、コスト削減とリアルタイムの在庫管理を実現しました。ところが導入から半年後、データセンターの障害でシステムが12時間止まります。

その間、倉庫内のピッキング作業はすべてストップしました。出荷が遅れ、取引先から多額の損害賠償を請求されることになります。この企業の経営者は、導入時に「障害時の代替手段」をまったく考えていなかったのです。

この事例が教えるのは、IT投資の判断基準に「障害時の業務継続性」を必ず含めなければならない、ということです。ツールの機能や価格だけでなく、「オフラインでも動くか」「障害時の代替プロセスが用意されているか」を評価軸に加えるべきです。

経営者が今すぐやるべき3つのアクション

では、経営者は具体的に何をすればよいのでしょうか。次の3つを提案します。

1. 基幹システムの「障害時運用マニュアル」を棚卸しする

情シス部門に任せきりにせず、「システムが止まったら、売上や顧客対応にどの程度の影響が出るか」を経営自らが定量的に評価してください。そのうえで、復旧時間の目標(RTO:目標復旧時間)と、その間に行う代替の業務プロセスを定義します。

2. SaaS選定の評価項目に「オフライン機能」を加える

新しいSaaSを導入するときは、「通信が途絶えたとき、どの機能が使えるのか」を必ずベンダーに確認してください。営業担当者は「99.9%の可用性」を謳います。残りの0.1%のときに何が起きるのかを尋ねるのが、経営者の役割です。

3. 「経営IT」としての再現性を強化する

特定の担当者しか知らないシステム設定や運用ルールを、文書にして標準化します。災害時だけでなく、担当者の退職や異動で業務が滞るのを防ぐうえでも有効です。たとえばNotionやConfluenceなどのナレッジ管理ツールを導入し、誰でもアクセスできる状態を作りましょう。

まとめ:ITは「止まらないこと」が最大の価値

避難所受付のデジタル化が示しているのは、ITは「便利なもの」である前に「止まらないもの」でなければならない、という当たり前で、しかし見落とされがちな事実です。

IT投資を判断するとき、経営者はつい「業務効率が何%上がるか」「コストがいくら下がるか」に目を向けがちです。しかし本当に問うべきは、「そのシステムが止まったら、会社はどうなるのか」です。

この問いに答えられないIT投資は、本番で機能しない「飾りのIT」にすぎません。災害時でもトラブル時でも顧客に価値を届け続けるには、経営が自ら「本番想定」を設計し、ITに組み込む必要があります。

あなたの会社のITは、本当に「止まらない」設計になっていますか?