「デジタル人材」は若者だけのものか
2026-04-25
「デジタル人材」の定義が狭すぎる
日本農業新聞の論説「デジタル人材の育成 ベテランも積極登用を」は、一見すると農業分野に限った話題に見える。しかしこの論点は、あらゆる業種の経営者に突き刺さる問題をはらんでいる。
「デジタル人材」と聞いて、あなたはどんな人物を思い浮かべるだろうか。多くの経営者は「若い」「プログラミングができる」「クラウドに詳しい」といった像を描く。だが、この狭い定義こそがDX推進の最大の障害になっている。
論説は、ベテラン社員の業務知識や現場経験こそがデジタル化の成功に欠かせないと指摘する。これは農業に限らない。製造業、物流、小売り、サービス業のすべてに当てはまる話だ。
なぜベテランをデジタル化から遠ざけてしまうのか
多くの企業で見られる光景がある。DX推進プロジェクトを立ち上げると、メンバーに選ばれるのは20〜30代の社員ばかり。50代以上のベテランは「デジタルがわからないから」という理由で外される。
一見、合理的な判断に見える。しかし、この構造が生む問題は想像以上に深刻だ。
デジタル化の本質は、業務をシステムに置き換えることではない。業務の本質を理解し、それをデジタルでどう再現し、どう改善するかを設計することだ。現場の暗黙知や例外処理、顧客との関係を知り尽くしているのは、長年現場を支えてきたベテラン社員にほかならない。
彼らを外せば、設計されたシステムは現場の実態からずれていく。その先に待つのは「使われないシステム」だ。筆者が数多くのクライアントで見てきた、典型的な失敗パターンである。
セキュリティ運用にも「経験値」が効く
キーマンズネットの記事「担当者1000人に聞いた『スムーズなセキュリティ運用』ができている条件とは」は、この問題を別の角度から照らし出している。
記事では、スムーズなセキュリティ運用の条件として「現場とのコミュニケーション」が挙げられている。セキュリティポリシーを形だけ整えても、現場が理解し実践できなければ意味がない。
ここで効いてくるのが、ベテラン社員の「現場との関係を築く力」だ。彼らは長年の付き合いの中で、各部署の事情や人間関係を理解している。このネットワークを使えば、セキュリティルールは格段に浸透しやすくなる。
筆者が関わったある製造業では、55歳の工場長が自らセキュリティ勉強会の講師役を買って出た。現場の言葉で「なぜこのルールが必要か」を説明できたことで現場の納得感が高まり、インシデントの発生も目に見えて減った。
若手のIT担当者がどれだけ正論を述べても、現場の信頼を得るには時間がかかる。そこでこそ、ベテランの経験値が生きる。
「ベテラン不要論」が招く3つのリスク
「デジタル人材=若手」と決めつけると、経営は次のようなリスクを抱えることになる。
リスク1:属人化した暗黙知が継承されない
「あの取引先は月末に発注が集中する」「この製品は季節変動が大きい」。ベテランが持つこうした知識は、マニュアルになっていないことが多い。彼らがデジタル化プロジェクトに関わらなければ、暗黙知はシステムに反映されず、属人化したまま残る。
そしてベテランが退職した途端、システムが機能しなくなる。多くの企業で起きている「ITの断絶」の一因がここにある。
リスク2:デジタルリテラシーの二極化が進む
ベテランをデジタル化から遠ざけるほど、彼らのリテラシーは上がらない。「自分には関係ない」という意識が強まり、距離はさらに開いていく。この悪循環を断ち切るには、最初の一歩で彼らをプロジェクトに巻き込むしかない。
ある物流企業では、50代のドライバーに配車システムの改善プロジェクトへ参加してもらった。彼らが持ち込んだ「現場の声」を反映すると、配車効率は大きく向上した。参加したドライバー自身が他のメンバーにシステムの使い方を教えるようになり、リテラシーも自然と底上げされた。
リスク3:組織全体のデジタル化スピードが鈍る
ベテランを外したプロジェクトは、現場の抵抗に遭いやすい。「現場を知らない若造が勝手なシステムを入れた」という反発が生まれ、導入後の定着に時間がかかる。
逆に、ベテランがプロジェクトの顔になれば、現場の受け止め方は大きく変わる。「あの人が言うなら」という信頼が、導入のスピードを押し上げる。
経営者ができる「ベテラン×デジタル」の実装方法
では、具体的にどうすればいいのか。筆者が勧めるのは次の3ステップだ。
ステップ1:デジタル人材の定義を広げる
「デジタル人材=ITに詳しい人」ではなく、「デジタルを使って業務を改善できる人」と定義し直す。ITスキルは後から身につけられる。問われるのは、業務を理解しているかどうかだ。
この定義の変更は経営自らが宣言し、評価制度にも反映させる。たとえば、デジタル化プロジェクトへの参加を昇進の条件にするのも一案だ。
ステップ2:年齢ではなく「役割」でチームを組む
プロジェクトチームは、年齢や役職ではなく、「業務知識」「ITスキル」「人間関係力」といった役割でメンバーを選ぶ。ベテランには現場の声を代弁する役を、若手には技術を実装する役を任せる。
役割がはっきりしていれば、互いの強みが活きる。ベテランが「これは現場で通用しない」と指摘し、若手が「ではこの技術で解決できます」と返す。この協業が、現場に根ざしたデジタル化を生む。
ステップ3:小さな成功体験を積み重ねる
ベテランにとって、デジタルツールは「怖いもの」だ。いきなり大規模なシステム導入を目指すのではなく、彼らが日常的に使う小さなツールから始めたい。
紙の報告書をGoogle Formsに置き換える。Excelの手入力作業をZapierで自動化する。こうした小さな成功体験が、デジタルへの苦手意識をほどいていく。
筆者のクライアントでは、58歳の経理部長が「freeeで請求書処理が楽になった」と、自ら社内勉強会を開いた。最初は半信半疑だった人が、推進役に変わった瞬間だった。
「経験×IT」が経営の再現性を高める
内田洋行ITソリューションズが「デジタル化・AI導入補助金2026」のIT導入支援事業者に認定されたニュースや、中小物流向けに最大3000万円の補助金が発表されたニュースも、同じ文脈で読むべきだ。
補助金を使えばツールは導入できる。しかし、そのツールを現場で使いこなせるかどうかは、結局は人の問題に行き着く。特に中小企業では、外部の支援事業者に任せきりにせず、自社のベテランを巻き込んで内製化する視点が欠かせない。
現場を知り尽くしたベテランの経験値と、若手のデジタルネイティブな発想を組み合わせる。それこそが経営の再現性を高める「経営IT」の実装であり、ツール導入で終わらない本当のDXだ。
経営者は、「デジタル人材」の定義を今すぐ見直すべきだ。あなたの会社のベテラン社員こそ、最も貴重なデジタル人材かもしれない。