建設DXが突きつける「慣行」という壁

2026年6月、建設業界で興味深い2つのニュースが報じられました。一つは、長谷工コーポレーションの池上副会長が「デジタル化推進で直面した従来慣行の壁」を語ったインタビュー。もう一つは、大成建設がルクレの建設DXプラットフォーム「蔵衛門」を全社導入し、BIM連携で配筋検査の完全デジタル化を進めるという発表です。

まったく別の話題に見えますが、どちらも「慣行」という経営課題を浮かび上がらせています。建設業のDX事例を手がかりに、IT導入の成否を分ける「慣行」という壁を経営の視点から考えます。

ツールを入れても、慣行が変わらなければ何も変わらない

池上副会長は、デジタル化を進めるなかで「従来慣行の壁」に直面したと語っています。図面の確認方法、検査の進め方、関係者どうしの連絡手段。長年かけて培われた「当たり前」は、デジタルツールの導入を阻みがちです。

この壁は建設業に限りません。新しいITツールを入れても「前のやり方のほうが早い」「紙のほうが確認しやすい」という声が上がり、結局は導入前と同じ業務の流れが続く。そんな例は多くの企業で珍しくありません。

経営者は「ツールを入れれば変わる」と考えがちです。しかし実際には、「慣行」という名の業務プロセスそのものが変わらない限り、IT投資は無駄になります。

大成建設は「ツール導入」ではなく「業務の再設計」をした

大成建設が全社導入した「蔵衛門」は、ルクレが提供する建設DXプラットフォームで、同社はこれを配筋検査のデジタル化にも使っています。配筋検査とは、鉄筋が設計図どおりに配置されているかを確かめる工程で、これまでは現場で図面と照らし合わせながら手作業で確認し、紙に記録を残していました。

この取り組みの特長は、単なるペーパーレス化にとどまらないことです。BIM(Building Information Modeling:建物の3次元モデルに各種情報を統合する手法)と連携し、BIM上の施工情報を検査項目や電子黒板へ自動で反映できます。これまで別々に管理していた工事写真・検査記録・BIMデータを一元化し、検査準備から報告書作成までの工程を短縮するとともに、品質管理の高度化も狙っています。

つまり大成建設がしたのは、「ツールの導入」ではなく「業務プロセスそのものの再設計」です。これまでの慣行をそのままデジタルに置き換えたのではなく、BIMという新しい設計思想に合わせて、検査のやり方自体を変えようとしています。

ITで「慣行」を変えるための3つの条件

二つの事例から、IT導入で慣行の壁を突破するための条件を整理してみます。

条件1:目的を「効率化」ではなく「品質の標準化」に置く

多くのIT導入は「効率化」を目的に掲げます。けれども、効率化だけでは慣行は変わりません。「今までのやり方でもできている」という感覚が根強いからです。

大成建設の発表でも、業務効率化と並んで「品質管理の高度化」が掲げられています。熟練技術者の属人的な判断に頼っている状態を仕組みで支え、検査の品質を一定以上に保つ。こうした目的こそが、慣行を変える原動力になると考えられます。

条件2:「慣行のコスト」を見えるようにする

長谷工の事例で興味深いのは、池上副会長自身が慣行の壁を認識し、全社員へのDX教育を進めるなど、それを越えるための手を打ってきた点です。慣行を変えるには、従来のやり方の非効率を現場が実感できる形にすることが欠かせません。

経営者は、IT導入の前に「いまの慣行にかかっているコスト」を可視化しておく必要があります。紙の図面を探す時間、手書きの記録を転記する手間、属人的な判断による手戻りの頻度などです。こうしたコストがはっきりすれば、慣行を変えることのメリットが現場にも伝わります。

条件3:段階的にではなく「全社導入」で一気に変える

大成建設は「蔵衛門」を全社導入しました。部分的に試すのではなく、全社規模で一気に切り替えることで、もとの慣行に戻る余地をなくす狙いがあると考えられます。

IT導入が失敗する原因の一つに、「パイロット導入」の段階で「やっぱり従来のやり方でいい」と判断されてしまうことがあります。全社導入にはリスクが伴いますが、慣行を根本から変えるには、ある程度の強制力が欠かせません。

慣行の壁を越えるために、経営がすべきこと

建設業のDX事例が経営者に教えてくれるのは、IT導入の成否がツールの機能や価格ではなく、経営が「慣行」をどう捉え、どう変えると決断できるかにかかっているということです。

まず、自社の業務プロセスを「慣行」と「本質」に分けてみることです。「なぜこの作業をしているのか」を問い直し、ただの習慣で続いている業務があれば、それを変える対象にします。

次に、IT導入の目的を「効率化」から「再現性の確保」へ移します。熟練者の属人的なスキルに頼っている業務こそ、ITで仕組みにする価値が高い領域です。

そして、経営トップ自らが「慣行を変える」という覚悟を示すことです。池上副会長のように、トップ自身が課題を認識し、現場と対話しながら変革を進める姿勢が、IT導入の成功率を高めます。

まとめ:ITは「慣行」をあぶり出す装置である

建設業のDX事例は、ITが単なる業務効率化の道具ではなく、「慣行」という名の非効率を可視化する装置であることを示しています。

慣行の壁を認識しないままIT導入を進めれば、ツールだけが入って業務は何も変わらないという最悪の結果を招きます。反対に、慣行を直視し、そのコストを可視化し、変革の目的をはっきりさせれば、ITは強力な経営の武器になります。

あなたの会社でも、いままさに「慣行」がIT導入の足かせになっていないでしょうか。まずは、その慣行の正体を明らかにするところから始めてみてください。