「2026年度組織」発表の危うさ:未来を固定化する経営判断
2026-04-10
株式会社ISTソフトウェアが「2026年度の新組織体制および人事異動」を発表した。成長戦略を加速するため、事業・専門性の強化と部門連携の深化を図るという。前向きで計画的な発表に聞こえる。
だが「戻れる経営」の観点から見ると、これは極めて危うい判断だ。1年分の組織と人事を前もって決めて固定してしまえば、可逆性は大きく損なわれるからである。
未来のビジョンを示すことこそリーダーシップだ、と考える経営者は多い。方向性を示すことは確かに大切だ。しかし、「組織体制」と「人事異動」という具体的な実行内容を、実態を観測しないまま年度単位で先まで固定するのは、まったく別の話である。それは不確実な未来に対して、経営判断の「戻りにくさ」を自ら高める行為にほかならない。
「未来の組織図」が生む3つの後戻り不能ポイント
ISTソフトウェアのケースを「戻れる経営」の原理に照らすと、少なくとも3つの点で可逆性が失われるおそれがある。
1. 人の役割と期待が早くから固定される
「2026年度の人事異動」が発表された瞬間から、社内では無意識のうちに期待と役割の固定化が始まる。「あの人は新年度から、あの部署の責任者になる」という認識が広がれば、その人はもう「未来の責任者」として見られ、いまの業務での関係性が歪みはじめる。本人も「新年度にはあのポジションに就く」と意識し、現在の役割へのコミットメントが下がるかもしれない。
可逆性を保つなら、「2026年度に向けて専門性を強化する」という方向性は伝えつつ、具体的な人事異動は「必要に応じて随時実施する」と留保しておくことだ。先に定義するのは人ではなく、強化すべき「業務」と「専門領域」である。人は、その業務での実績と適性を観測したうえで、必要最小限のタイミングで配置すればいい。「人を採るのではなく、業務を分解する」という視点だ。
2. 環境変化に適応する余地を、制度が奪う
1年という時間でも、テクノロジーや市場環境は大きく変わりうる。今日描いた最適な組織図が、年度の途中で陳腐化していることも珍しくない。それでも一度「2026年度組織」として公式に発表してしまえば、変更は「計画の失敗」や「経営の混乱」と受け止められ、心理的・政治的なコストが膨れあがる。その結果、環境が変わっても、発表済みの組織図に現実を無理やり合わせようとする「制度の硬直化」が起きる。
私たちがコロナ禍で目にしたのは、まさにこの硬直化の危うさだった。事前に策定した中期計画は、パンデミックの前では無力だった。だからこそ、「方針」と「実行」のあいだに「観測期間」を置く必要がある。「事業・専門性の強化」という方針は掲げたまま、具体的な手段である組織再編は、四半期ごとの実績と環境分析に基づいて小刻みに調整していく。計画は「決定」ではなく、「最も有力な仮説」として扱うべきなのだ。
3. 実態のない計画が「自己成就的予言」になる
壮大な未来の組織図が発表されると、経営陣自身がその実現に力を注ぎはじめ、目の前の小さな矛盾やデータを見なくなるおそれがある。ある部門の統合が計画されていれば、統合の前に部門間の連携に問題が起きても「いずれ統合されるから」と先送りされ、問題は深刻になっていく。計画が、現実を観測する目を曇らせるのである。
可逆性のある設計では、「評価期間」と「撤退条件」を先に決めておく。たとえば「A事業部とB事業部の連携深化」を図るなら、まず共同プロジェクトチームを「仮置き」し、6ヶ月の評価期間を設ける。評価指標(例:共同案件の受注率、情報共有の頻度)を定め、クリアできなければチームを解散して別のアプローチを試す。これが「固定化より、観測を優先する」原理の実践である。
組織を「戻れる形」で変える3ステップ
では、成長のために組織を変えたいとき、どうすれば可逆性を保てるのか。次の3ステップを提案したい。
ステップ1:組織図ではなく「機能マップ」をつくる
まず、箱と線で描く組織図はいったん捨てる。代わりに、達成したい戦略目標に必要な「業務機能」と「意思決定ポイント」をすべて洗い出し、「機能マップ」にまとめる。「誰が」ではなく「何が」必要かを定義する作業だ。たとえば「新規市場の顧客インサイト収集」という機能が必要だとしても、それをどの部署の誰が担うかは、この段階では決めない。機能の優先順位と、機能どうしの依存関係をはっきりさせるだけでいい。
ステップ2:機能を担う「仮のチーム」を期間限定で組む
必要な機能が見えたら、それらを束ねるかたちで、既存の組織を横断する「仮のチーム」や「タスクフォース」を組む。鍵になるのは「兼任」「期間限定」「評価指標の明確化」の3つだ。メンバーは現職と兼任し、本務への影響を最小限に抑える。チームの存続期間は3〜6ヶ月とし、その間に達成すべき具体的な成果指標(KPIではなく、プロセスや学習の指標)を全員で合意しておく。
ステップ3:実態に合わせて、少しずつ形式化する
評価期間が終わったら、チームの成果とプロセスを振り返る。機能がうまく回り、続ける価値があるとわかれば、より恒常的な「役割」として定義し、必要なリソースを少しずつ与えていく。うまくいかなければ、チームは潔く解散し、機能の担い手を替えるか、その必要性そのものを見直す。「仮置き→観測→適応」のサイクルを回すことで、組織は生きた実態に合わせて柔軟に形を変えていける。
このアプローチの核心は、組織再編を一度きりのイベントと考えないことにある。組織再編とは、環境と内部の能力の変化に合わせて継続的に微調整していく「プロセス」なのだ。
「発表しない勇気」と「仮置きする賢明さ」
ISTソフトウェアの発表には、社内外に確かな成長への意志を示し、投資家や従業員の期待をうまく管理したいという意図があったのだろう。だが、経営者の本当の強さは、壮大な未来図を掲げることにはない。不確実性を認め、計画を「仮置き」したまま走り、必要なら何度でも方向を修正できる「余白」をデザインすることにある。
私たちが支援するある中堅ソフトウェア企業は、新事業部を立ち上げる際、リーダー人事を公表しなかった。「新事業創出チーム」という名前で3名の兼任メンバーを集め、半年間の実験プロジェクトとして始めたのである。すると、想定していた技術の方向性が市場に合わないことが早い段階でわかった。チームはすぐに解散し、別のアプローチで再挑戦した。最初から「新事業部長」を任命して組織図に載せていたら、この方向転換にははるかに大きなコストがかかっていたはずだ。
経営判断では、「発表しない」という選択肢が、「発表する」こと以上に戦略的であることが少なくない。それは未来に対する謙虚さであり、実態を重んじる現実主義の表れでもある。
あなたの組織の「未来の計画」は、硬直したレールの上にあるだろうか。それとも、状況に応じて進路を変えられる柔らかな道の上にあるだろうか。その違いが、1年後の組織の生命力を決める。